【来た!見た!書いた!】兵庫県養父市の挑戦から目が離せない

消滅可能性都市は日本全体の約半分
 東京から東海道新幹線と山陰本線の特急を乗り継ぐこと6時間弱。八鹿(ようか)駅をおり、そこからさらに30〜40分、車で山道を登っていくと、ようやく「別宮(べっくう)の棚田」に到着する。鉢伏山の中腹、標高約700メートルのところに、約130枚もの小さくもさまざまな形をした田んぼが段々に広がっている。
 平安時代からの歴史があり、「日本の原風景」という言葉を思い起こす美しい風景。だが、これまでは関西を除けば、知る人の少ない場所だった。ところが今夏以降は菅義偉官房長官をはじめとした閣僚、政治家や経済人が相次いで視察に訪れている。
 別宮の棚田がある兵庫県養父市は人口が2万6000人ほどの町。その日本のどこにでもあるような人口規模の小さな自治体が「日本中の大都市をしのいで、大規模ないろんなプロジェクトを組んだ計画を超えて(政府の農業分野の)国家戦略特区に指定された」(9月まで戦略特区担当大臣だった新藤義孝氏)からだ。
 養父市が「どこにでもあるような自治体」であるかは、以下のことからわかるだろう

 民間の日本創成会議(座長・増田寛也元総務相)が5月に、地方自治体の半数を「消滅可能性都市」として公表した「増田リスト」。日本創成会議は地方から都市への人口移動がこの先も収まらないと仮定して、長期的な人口の推移を試算した。そのうえで出産年齢の中心である20〜39歳の女性が2040年に10年の半分以下に減る自治体を、人口減が止まらない「消滅可能性都市」と定義し、全リストを公表した。
 その数は全体の49.8%、896自治体にもなるが、その中の1つが養父市だ。試算では、2040年までの若年女性の減少率が58.3%で、兵庫県内では5番目に減り方が大きい。人口の方も2040年には1万6000人を割り込んでしまう。


農地の権利移動許可業務を市に移管した
 養父市は農業の面でも、全国と共通した課題を抱えている。農業は長くこの地域の基幹産業だったが、地域の高齢化で農作業ができなくなる人が増え、しかも後継者がみつからないケースが多い。2010年までの15年で、専業・兼業を合わせた農家の数は7割近くも減り、2010年には1200弱になった。
 そうした結果、2012年までのわずか4年で耕作放棄地が2倍に増えた。2012年の養父市の農地2673haのうち、226haが耕作放棄地だ。全国の滋賀県並みの約40万haに達した耕作放棄地の問題が、ここでも深刻になっているのだ。
 養父市が国家戦略特区の認定を受けて狙うのは、さまざまな担い手が農業にかかわれるようにすることで耕作放棄地を再生し、将来的には人口減に歯止めをかけることだ。そのため特区認定をテコに、特区の中に限っていくつかの規制緩和をしようとしている。
 1つめが、農地の権利移動の許可業務を養父市の農業委員会から養父市に移すことだ。農業委員会は農業関係者で構成されることが多いため、企業が農地を借りて農業に参入しようとしても、農業委員会の許可が下りずに計画がうまく進まないことが多い。そこでこの許可業務を市に移すことで、企業の農業参入などを容易にしようというわけだ。
 養父市が国家戦略特区の候補に挙がり計画が明らかになった当初、養父市の農業委員会は、権利の移譲に反対していた。だが両社の話し合いの末に7月には移譲に合意し、10月から市が権利移動の許可業務を始めた。


養父市の課題は日本どこでも存在する課題
 2つめのの大きな柱は、農業生産法人の設立要件の緩和だ。農業生産法人は農地を取得できるが、法人を設立するときには、年間60日以上は農作業に従事できる役員が、全役員の4分の1以上いないといけない。
 大ざっぱにいえば、企業が農業生産法人をつくろうとしても、その中に農業生産者の役員が全役員の4分の1以上はいないといけない。これによっても、企業が農業に参入しにくくなっている。
 しかし養父市の特区内では「4分の1以上」という要件を「1人以上」に緩和する。この方針を受け、養父市では愛知県田原市の農業関連企業やオリックスグループなどが農業生産法人を設立し、農家レストランや養蜂、有機野菜の生産・販売などの農業生産法人を相次いで設立する計画だ。
 もうひとつ養父市がおもしろいのは、最初は建設会社に就職し臨時職員になったのをきっかけに市長にまでなった広瀬栄市長のもとに、農業分野の既得権益とぶつかることをおそれない、改革派の人材が集結しつつあることだ。
 三野昌二副市長は長崎県のテーマパーク、ハウステンボスの再生を手がけたこともある民間出身者。広瀬市長がその手腕を買って、副市長に招いた。農家レストランなどを手がける農業生産法人の設立を計画する新鮮組(愛知県田原市)の岡本重明社長は長年、農協(JA)が農業生産者のためにはなっていないことを指摘し続け、タイでコメ生産も始めた改革思考の強い生産者だ。広瀬市長はオリックスやヤンマーなど大企業との結びつきも強めつつある。
 こうした外部の人材や企業をいかしつつ、耕作放棄地の再生と人口減へ歯止めをかけることができるのか。養父市と同じような課題をもつ地域は日本のどこにもあるだけに、その挑戦の行方に注目が集まっている。


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