【来た!見た!書いた!】 世界文化遺産登録で試される地域の連携力

軽井沢にもかかる「祝登録」の横断幕

 7月の上旬の週末、何年かぶりにJR軽井沢駅に降りてみて、おやっと思うことがあった。改札口を出た広い通路に「祝富岡製糸場と絹産業遺産群世界文化遺産登録」という大きな横断幕がかかっていたからだ。
 多くの人にとって今や、軽井沢は明治以来の歴史ある別荘地というより、アウトレットモールやゴルフ、スキーの街としての印象が強いかもしれない。この日も、新しいモールやフードコートが開いたばかりの軽井沢・プリンスショッピングプラザには、多くの観光客が詰めかけていた。そんな買い物目当ての人たちは、なぜ富岡製糸場の世界文化遺産登録を祝う横断幕があるのか、不思議に思ったことだろう。
 長野県軽井沢町は、東隣に位置する群馬県安中市、さらにその南にあり、富岡製糸場のある群馬県富岡市と今年4月、観光連携協議会を設立した。2015年春に長野新幹線が延伸する形で北陸新幹線が開業するのをみすえて、3つの市町が協力して北陸などからの誘客を進めようという狙いだ。この連携関係があったために、軽井沢駅には世界文化遺産登録を祝う横断幕が掲げられていたのだ。

富岡製糸場の恩恵を受けたのは、実は長野県

 3市町の共通点は、いずれも明治期に建てられた重要文化財の近代化遺産を持っていることだ。富岡市はいわずと知れた日本最初の官営製糸工場の富岡製糸場。安中市は信越本線の横川(群馬県安中市)―軽井沢(長野県軽井沢町)区間にある碓氷峠の鉄道施設。軽井沢町は純西洋式木造ホテルの旧三笠ホテルだ。
 単に時期が一緒だったというだけではない。3つの施設には、それぞれ歴史の上でのつながりがある。
 富岡製糸場は全国から集まった工女たちに器械製糸の技術を教えたが、その技術伝承の恩恵を最も強く受けた地域はお膝元の群馬県ではなく、お隣の長野県だったといわれる。
 どちらの地域も江戸末期から養蚕が盛んだったが、群馬県では明治期に座繰り(ざぐり)製糸と呼ばれる大型の器械を使わない手法が盛んで、富岡製糸場で教えた器械製糸の導入には消極的だったからだ。器械製糸を積極的に取り入れて日本一の生糸生産地になった長野県は、信越本線などを通して、生糸を東京や横浜に運んだ。


明治期の近代化の象徴が集まる建造物の価値

 その信越本線の難所が碓氷峠。碓氷峠がある横川~軽井沢間は標高差が550メートルあり、信越本線の他の区間ができたあとも、最後まで開通していなかった。1000メートル進むと66.7メートル高度が上がる急な勾配を上り下りするため、線路の間に歯車を敷いたアプト式を採用し、1893年に開業した。
 有名なのが横川駅から軽井沢に向けて4キロ強進んだ山中にある碓井第三橋梁(めがね橋)。埼玉県深谷市から運んだ220万個のれんがを使った「日本で最大級のれんが構造物」だ。
 この信越本線開通に伴って、避暑地として注目を集めるようになったのが軽井沢だ。
 避暑地としての軽井沢の始まりは1886年。カナダ生まれの宣教師、アレキサンダー・クロフト・ショーが軽井沢を訪れ、その美しい清澄な自然と気候に感嘆し、家族や友人などにすばらしさを推奨して、夏にこの地へ避暑に訪れたのが最初だといわれている。1893年に信越本線が開通すると、別荘地としての発展の速度を速めていった。
 東京からの交通の便も格段によくなった軽井沢に、日本人の設計・工事で純西洋式木造建築の旧三笠ホテルができたのは1905年。翌年、ホテルとして開業し、文化人や財界人が多く宿泊したことから「軽井沢の鹿鳴館」とも呼ばれていた。
 これらの施設はいずれも昭和期に、廃業したり、新しい路線に代わったりして、現役の施設ではなくなった。


富士山よりも連携が進む富岡周辺地域

 だが、日本の近代化の中で最新の技術を欧米から導入して定着させた「時代を象徴する施設」という点で共通している。3市町はこれらの歴史を後世に継承し、周遊ルートなどをつくり、新しい地域づくりや観光客の誘致に生かす考えという。富岡製糸場だけでなく、こうした周辺施設を巡ることで、近代化にまい進した「明治という時代」を振り返るのは面白い。
 昨年の「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」の世界文化遺産登録の過程では、対象自治体である山梨県と静岡県が必ずしも一枚岩でないことが明らかになった。1年経った今年も、夏の富士山の登山期間が山梨は7月1日~9月14日、静岡は7月10日~9月10日とするなど、足並みの乱れが続いている。富士山は環境対策に「宿題」が残されており、自治体の乱れは課題解消の足かせになりかねない。
 一方、今回の「富岡製糸場」は4つの資産がすべて群馬県内にある。富岡市は軽井沢町以外にも、富岡製糸場の設立にかかわった渋沢栄一が生まれた埼玉県深谷市とも協調関係を築いている。
 対象地域が広い富士山と比べると、富岡製糸場の世界文化遺産登録で直接恩恵を被る地域はかなり狭い。3市町の連携など地域間の連携が広まり、その恩恵を最大限に増やす努力を期待したい。


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