【来た!見た!書いた!】人気の登山スタイルが世界文化遺産・富士山を貶める!?

大混雑の夏の富士山に潜む危険

  6月末に世界文化遺産に登録された富士山が6~7日、山開きから初めての週末を迎え、多くの登山者で賑わった。山梨県側の富士山5合目に通じる有料道路、富士スバルラインは6日午前から観光バスや乗用車で渋滞が続き、5合目からの吉田口登山道ではカラフルなウエアに身を包んだ登山者が数珠つなぎになって山頂を目指していた。5合目の商業施設によると、世界遺産効果で富士山への客足は例年より3割程度も多いという。
 関係者は登山客や観光客が増えるのをおおむね歓迎しているが、一方で危惧するのが「弾丸登山」のような無理をする登山者が増え、事故の危険性が強まっている点だ。

 弾丸登山とは、山小屋などに泊まらず徹夜で登り下りする登山を指す。富士山の場合、たくさんの人が御来光目当てで登るため、弾丸登山が多い傾向にある。5合目の吉田口を夜9時ごろ出発、頂上でご来光を見て翌日昼までに下山するのが一般的だ。
 特に登山シーズン中の7~8月は山小屋が大混雑していることもあり、たくさんのツアー会社が弾丸登山前提のツアーを組んでいる。山梨県のアンケート結果による推計では、弾丸登山者は登山者の約3割にも達するという。
 しかし富士山は標高3776メートルの日本最高峰。約2300メートルの5合目から登り始めたとしても1500メートル近い標高差がある。下界との寒暖差は激しく、全国的な猛暑となった6日でも、山頂の気温は5度だ。急激な気圧の変化で高山病の症状も出やすい。
 前日に十分な休息をとらない弾丸登山の場合、睡眠不足やたまった疲れで、温度や気圧の急激な変化に対応する力が弱まる。富士山で体調不良により登頂を諦める人の割合は、通常の登山者が5%なのに対し、弾丸登山者は14%もおり、大きく上回るという。


遭難事故死世界一の山で見た風景

 富士山の弾丸登山の話題で思い出したのは、上越国境にある谷川岳のことだ。
 2010年の5月、ロッククライミングのメッカである谷川岳の一ノ倉沢を初めて訪れたときの印象を忘れることはないだろう。5月末でも沢には分厚い雪渓が残り、そこから肌を刺すような冷たい水が溶け出している。「衝立岩」と呼ばれる有名な岩場は分厚い雲に隠れて見ることはできなかったが、そのダイナミックな様は十分に想像できた。
 周囲を散策しようと、湯檜曽川沿いにより奥の沢へと向かう林道を歩き出した。すると、お線香の香りが漂っている。
「こんなところでなぜお線香が?」といぶかりながら歩いていると、林道の左側の岩壁の下にある線香と献花が目に入った。
 岩壁に目をやると、一ノ倉沢で遭難した登山者の名前が刻まれた「遭難碑」が埋め込まれている。ちょっと見渡せば、それこそ1メートルほどの間隔で、数多くの遭難碑があるのだ。一ノ倉沢のこの岩壁だけでも、その数は百を下らないかもしれない。
 雄大な風景に、すがすがしさを感じていた自分の中に突然、黒い鉛のボールをどすんと放り込まれたような重苦しさを感じた。
 1931年に統計を取り始めて以来、谷川岳の遭難死者数は805人(ほかに行方不明者9人)。残念ながら世界一の数だ。2012年にも雪崩に巻き込まれ2人が亡くなっているが、その大半は1950~70年代のロッククライミング黎明期に、一ノ倉沢やマチガ沢、幽の沢など谷川岳東面(群馬県側)の岩壁を登ろうとして遭難したものだ。
「一般の登山者や観光客には関係ない」と思われかねないが、当時の状況を検討すると、今の富士山の弾丸登山と似通った重要な論点が浮かび上がってくる。

睡眠不足が減るだけで山の遭難死は減少する

 1950~70年代、多くの登山者が谷川岳に詰めかけたのは、その絶妙な「位置」が関係している。
 ①標高は2000メートルにも満たないが、急峻な岩壁と複雑な地形で、初心者から高度な技術を必要とするクライマーまで楽しめる山である。②標高1500メートルより上は森林限界となり、その上では視界が開け数多くの高山植物が観察できる。③首都圏に近い上に、最寄りの上越線の土合駅から登山口までが行きやすいため週末の限られた時間でも登りやすい――などによって登山者の人気を集めた。
 特に当時の国鉄は上野から土合への夜行列車を運行しており、午前2時台や4時台に土合へ到着する夜行列車に乗り、仮眠も取らずに山行を開始、夕方に土合に戻り帰着するという「夜行日帰り」のコースが一般的だった。これこそ今の富士山の弾丸登山と全く同じ構図なのだ。
 その上、谷川岳は中央分水嶺に位置し、特有の濃霧とともに猫の目のように気象が変化するため、風雨や雪への対処が難しい。雨ははじいて水蒸気は外に出すゴアテックスの雨具や合成繊維の速乾性アンダーウエアなどがなかった当時、春や秋でも谷川岳で風雨に長時間打たれれば、それだけで疲労凍死の危険性にさらされる。
 これに夜行日帰りによる睡眠不足が加われば、遭難死の可能性がさらに高まってしまう。岩場で墜落死した場合でも、睡眠不足からくる疲労によって転落したケースが少なからずあるはずだ。
 群馬県警察本部が谷川岳での遭難を減らすためにまとめた谷川岳警備隊員の手記『この山にねがいをこめて』(二見書房、1963年)。この本で群馬県警の担当者は「もし登山者が前夜充分な休養をとっていたならば、この山の事故もこれほどにはならなかったであろう」と分析している。
 結局、どれだけ道具が進歩しようとも、登山者にとって最大のリスクは睡眠不足や疲労、経験とは不釣り合いの無謀な登山計画だ。
 富士山は谷川岳ほどの危険はないとはいえ、逆にそこを登ろうとする人の数はけた違いに多い。自治体の啓発活動などによって、弾丸登山をどれだけ少なくできるかが、まずは富士山で事故や遭難者を出さないためのカギを握る。


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