第7回 米アップル S・ジョブズに学ぶ「経営に飽きない」生き方

上場すると店を作りたがる
 
2004年の正月明けだったろうか。上場してしばらくたった企業の社長と、食事をしたことがある。1次会の店を出ると、その社長は六本木にある小洒落たバーに案内してくれた。「いい店ですね」と誉めると、「いやあ、最近、私個人で出した店なんですよ」と社長は語り出した。

その会社が上場した時は、新興市場の相場そのものが低迷していたこともあり、公募増資で調達した金額も、創業者である社長が自分の持ち株を売り出すなどして手にした創業者利益も、それほど多くはなかった。とはいえ六本木のビルを借り、店を出すくらいの資金は十分に得たのだろう。そのおカネで何をしようと、個人の勝手である。
 
店の装飾にはこんな材料を使い、店を任せるためにこんな人をつれてきて、酒はこんなものを輸入した......。最初は肯きながら感心して聴いていたのだが、途中から段々と気持ちが醒めてきた。
 
「あなたにとって余技であるはずの店の経営にそれほどの時間とカネを注ぐのだったら、本業の経営にもう少し情熱を注いでもいいのではないですか」。
 
その時はなんとなくもやもやするばかりで、何で醒めた気分になるのかがわからなかったが、結局そんなことを、その経営者にぶつけたかったのだと思う。
 
上場して経営や資金に少し余裕ができると「自分の店」を持ちたがるのは、その社長ばかりではないらしい。1999年に東京証券取引所がマザーズを創設して以降、上場基準が下がり、年間200社前後の会社が上場するようになった。
 
そうして上場した新興企業の社長が本業とは別に、ポケットマネーなどでレストランやバーなどの店を持つという話を、その後の数年、ここかしこで聞いた。しかもそうした会社の多くが、上場後数年経つと業績が急降下するケースが多いのである。
 
考えられる原因の1つは、経営者が経営に飽いていることだ。


日本とは正反対の米起業家たち
 
創業経営者にとって「上場」は大きな目標だ。上場は本来、さらなる成長を目指すための資金を調達するためのものだが、上場によって創業者利益を得て社会的にも認められる存在になると、さらに進むよりも、経営やこれまでの事業に飽き、他人の目を気にせずに自分が自由にできる店を持ちたがる。上場して自分の店を持つ経営者には、そんな共通した心理があるように思える。
 
だが、すぐに経営に飽いてしまう日本の新興企業経営者とは正反対の起業家もいる。米アップル最高経営責任者(CEO)のスティーブ・ジョブズ(53)だ。
 
そのアップルは8月13日、株価に発行済み株式数をかけ合わせた「時価総額」で、グーグルを初めて抜いた。
 
その日のアップルの株価は179.3ドルで、時価総額は1588億4000万ドル。一方のグーグルは株価が500.03ドル、時価総額は1572億3000万ドル。その後は両社とも、株価は下落傾向にあるが、9月8日現在でも、アップルの時価総額は1399億ドルで、グーグルを6%程度上回っている。
 
2004年8月に上場し、わずか3年後の2007年には一時、時価総額が2300億ドルを超したこともあるグーグルは、急成長企業が少なくない米国のベンチャー企業の中でも、化け物のような存在だ。


PCで負けて追い出されてもあきらめない
 
だがアップルも別の意味ですごい。アップル(当時はアップルコンピュータ)が上場したのは1980年。パーソナルコンピューターの意味を変えた「マッキントッシュ(マック)」を発売する2年前のことだ。
 
ただグーグルのように上場後、一本調子で株価が上がり続けたわけではない。マックの過剰在庫による赤字計上や1985年のジョブズの解任、携帯情報端末プロジェクトの失敗などで、株価は上がったり下がったりを続けた。株価が上昇基調をたどり出すのは、復帰したジョブズがCEOに就任し、iTunes(アイチューン)とiPod(アイポッド)で音楽産業に参入した2000年以降のこと。アップルの株価はこの4年で約4倍に上昇した。
 
こうした歴史を振り返って改めて驚くのは、1976年にワンボードマイコンの「Apple�」を発売した時から今現在まで、ジョブズが起業家であり続けている点だ。
 
ジョブズは上場した後に、よくこう語っていたという。「23歳のとき、資産価値は100万ドルだった。24歳で1000万ドルをこえ、25歳で1億ドルをこえてしまった」。
 
名声や資金目当ての並の起業家だったら、ここでやめて、好きなことを楽しむ道に進んだとしてもおかしくはない。そのほかにもアップルから解任された時、アップルを辞めた後で設立したネクストコンピュータがうまくいかなかった時、さらに2004年に膵臓がんが見つかった時など、ジョブズが経営から降りてもおかしくないタイミングはいくつもあった。
 
だが現実にはジョブズは初期のアップルではコンピューター、ピクサーでは映画、アップルに復帰してからは音楽の世界で大きな成功を収め、今はiPhone(アイフォーン)で通信の世界に挑みつつある。
 
日本の起業家が学ぶべきは、ジョブズが3つの違った分野で成功したという事実よりも、自分がつくった会社を追い出されても、ネクストが失敗しても経営に飽きず、いつまでも新しい何かを求める姿勢ではないだろうか。

(2008・9・9)


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