第59回 地方の宏大な名門工場が象徴する電機業界の未来像

この数週間で大きく動き始めた電機産業
 
7月末から8月上旬にかけて、日本の製造業、特に電機産業が歴史的な転換点にあることを示す大ニュースが相次いだ。
7月28日には、パナソニックの完全子会社になった三洋電機が洗濯機や冷蔵庫などの白物家電部門を中国の家電最大手ハイアールグループ(海爾集団)に売却することを発表した。
8月に入ると、日立製作所がテレビの自社生産から撤退する方針を固めた。その直後には、日立製作所と三菱重工業が将来の経営統合も視野に入れ、社会インフラなど主力事業統合の協議に入ったことが明らかになった。

韓国や台湾、中国などアジア企業の台頭で、グローバルな競争がますます激しくなる製造業。その中で日本の産業界は長年、プレーヤーの数が多すぎると言われてきた。電機は8社(準大手を含めれば12社)。三菱重工業など重工・重電専業は5社ある。
ここ最近、次々と明らかになったニュースはいずれも、これまで幅広い製品を水平展開してきた日本企業が赤字の続く事業から撤退したり、売却したり、ライバル会社と統合したりする動きだ。


東京ドーム20個分の広さの工場こそが電気産業の象徴
 
かつては日本の屋台骨を支えた電機産業。経済産業省が発表する工業統計調査によると、2000年の日本の製造品出荷額は288兆円で、その中で電気機器の比率が19.6%を占め、業種別の1位だった。ちなみに自動車などの輸送機器は14.6%で、業種別の2位である。
 
ところがそれからほぼ10年。2009年には製造品出荷額(258兆円)に占める電気機器(2002年に分類が変更されたため、それ以降の電気機器には情報機器、電子部品も含む)の比率は14.3%にまで低下。逆に輸送機器は18.2%にまで高まった。電気機器は2002年に輸送機器に逆転されて以来、差は広がっている。
 
日本の「電機不振」を象徴するような巨大工場が、群馬県大泉町にある。白物家電部門を中国企業に売ることを決めた三洋電機の東京製作所だ。
 
前身は戦前に中島飛行機が戦闘機などを生産していた工場で、戦後はしばらく米軍が駐留。1959年に三洋電機が東日本の製造拠点として取得した。
その広さは約96万平方メートルと東京ドーム20個分。三洋の創業者、井植歳男の長男で長年、三洋の社長を務めた井植敏は初めて工場の土地を見たときを「とにかく広い。どこまでが敷地か見当もつかない」(日本経済新聞連載の「私の履歴書」)と述懐している。


昔の名門工場は今や雑居ビル化
 
三洋は大泉に東京三洋電機(現在の東京製作所)を設立し、冷蔵庫や洗濯機などの生産を始めた。従業員は400人から始め、最盛期には1万5000人近くにまで増えたという。
 
だが円高や国内の人件費の上昇に対応するため冷蔵庫やエアコンの生産はほとんど中国へ移転。現在、東京製作所の敷地内で働く人の数は約6000人に減った。さらに2009年にパナソニック傘下に入ってからの三洋は、パナソニック主導で主力事業を次々と売却した。
 
その結果、敷地内で働く6000人のうち、約2000人は1月に米国の会社に売却された半導体部門の従業員だ。また燃料電池の開発などをするENEOSセルテックという会社も同居。洗濯機子会社の150人も今年度中には、ハイアールの従業員になる見通しだ。
 
かつての名門工場は、まるで雑居ビルのように、いろいろな会社が同居する「まだら模様」になってしまったのだ。


単体商品ではなくパッケージ商品化で勝負
 
三洋電機に代表される電機産業衰退の原因は明白だ。あらゆる製品の電子化が進み、組み立てのノウハウなどがなくても、簡単に組み立てられる「コモディティ商品(価格が重要視される日用的な商品)」になった。
韓国、台湾に加え中国の企業も台頭し、日本の電機メーカーのライバルは増えるばかり。これに歴史的な超円高が加われば、コモディティ商品の主戦場が、よりコストの安いアジア各国に移るのは当然といえよう。
 
一方、この間、日本で自動車産業の比率が高まったのは、自動車は1台当たりの部品数が2万~3万点と多く、コモディティにはなりにくい性格があるためだ。
 
三洋のリストラをほぼ終えたパナソニックは今後、広いニーズにまるごと応えられる製品やサービスのラインアップ作りを進めるという。テレビや照明など電気製品を単品で売れば価格競争に巻き込まれるが、設計や施工、保守点検も含めて売れば、消費者も便利になり、グループ全体で収益を増やす効果もある。
 
日本の電機業界がコモディティ商品をそれだけで売り続けるならば、未来はない。だがコモディティになりにくい商品やサービスを開発したり、より総合的なパッケージ商品にしたりするならば、日本企業の勝ち目もあるはずだ。


【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、大手新聞社に就職。主に企業関係の取材を担当。
現在は経済関係部署のデスク。

(2011・8・10)


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