第55回 地震の損害ゼロでも操業できない自動車工場

地震の損害ゼロでも操業できない自動車工場
 
4月5日。群馬県伊勢崎市にある金属プレス加工の斎藤製作所(斎藤勲社長)が事業を停止した。負債総額は6億円。2008年秋のリーマン・ショック以降は赤字が続いていたとはいえ、3月11日の東日本大震災でも工場に被害を受けたわけではない。それなのに倒産に追い込まれたのはなぜか?

東北の太平洋側や関東各地に甚大な被害をもたらした東日本大震災。ただ群馬県内の被害は軽微で、製造ラインを何日も動かせなくなるような損害を受けたものづくりの会社はほとんどなかった。
 
それなのに群馬県内の製造業の操業再開の動きは鈍かった。代表的なのが、県内の太田市や大泉町に5つの工場を持つ富士重工業の群馬製作所だ。
完成車の工場が再開したのは、地震から3週間が経った3月31日。それも同社の中では生産量が少ない軽自動車のみだった。主力のレガシィやフォレスターなど登録車を生産する矢島工場(太田市)が一部、稼働したのは4月6日のことだ。


ピラミッドの下層を襲った震災

富士重の幹部は大震災後の操業停止について「リーマン・ショックは売れない危機だったが、今回はつくれない試練だ」と表現する。
 
富士重の製造ライン停止は地域に深刻な影響をもたらした。太田市の製造品出荷額は富士重群馬製作所とその下請け企業群のおかげで1兆7000億円(2009年)と、1市で長崎県や鹿児島県に匹敵する規模を持つ。その太田市では、中心となる富士重群馬製作所の操業が長期間止まったために、「市内のものづくり企業の稼働率は2~3割」(製造業関係者)というところまで落ち込んだ。
 
太田市の隣、伊勢崎市にある斎藤製作所は太田市内にある自動車部品メーカーの下請け企業で、富士重から見ると2次下請けに当たる。富士重をピラミッドの頂点とする「サプライチェーン(供給網)」が滞ったことで、ピラミッドの下層に位置し、資金繰りに余裕がない中小製造業が倒産することになってしまったのだ。


浮き彫りになった「サプライチェーン」というアキレス腱
 
当初、富士重が操業を再開できない大きな理由は、東京電力による計画停電の影響が大きいと見られていた。金属を溶かす電気炉を温めるのに時間がかかるなどのため、ラインを動かし始めるのには、3時間という計画停電の時間以上にかかるためだ。
 
関係者によると、停電とともに響いたのは、一部部品の調達難だ。被災した半導体大手、ルネサスエレクトロニクスの那珂工場(茨城県ひたちなか市)が生産する車載用のマイコン、東京電力福島第1原子力発電所の避難指示圏内にある福島県企業が生産するブレーキパッドなど、いくつかの代替不可能な部品の調達が滞っているとみられる。
 
自動車の部品点数は2万点を超え、その1つが欠けても製品をつくることができない。日本の自動車関連メーカーは部品の在庫を極限まで減らす「ジャストインタイム」によりコストを最小限に切り詰め、人件費の高い日本でも可能なものづくりを進めてきた。
 
ジャストインタイムを徹底的に進めたサプライチェーンは、滞りなく流れていれば美しいが、いったんどこかが止まってしまうと、その目詰まりが瞬く間に全体に及んでしまう。今回の震災で浮き彫りになったのは、こうしたサプライチェーンは、天災による広範な被害にはひどく脆弱であるという事実だ。


在庫における適正水準とは何かを問い直す
 
日本の素材や部品のメーカーが経営革新を進めたことが、裏目に出た面もある。素材・部品メーカーは近年、誰もが同じモノを作る横並び経営から、小さい市場でもいいから他社にない製品や技術を開発する「オンリーワン」経営にカジを切った。オンリーワンになって、その分野で高いシェアを占められれば素材・部品メーカーは高収益を得られる。半面、今回のような想定外の事態で操業が止まると、オンリーワン製品は代替が不可能なだけに、供給先の企業やサプライチェーンに多大な損害を与えてしまう。
 
心配なのは、今回の大震災をきっかけに、海外メーカーの間で日本の素材や部品企業外しが進んでしまうことだ。そうならないためにも、有力な素材・部品メーカーは一刻も早く供給体制を立て直す必要がある。
 
また今後は完成品メーカーと部品メーカーが部品や素材の情報共有を進め、両者がサプライチェーンの全体像をつかみやすくする必要がある。部品の調達先を1社ではなく2社以上にすることや、在庫についても「適正な水準とは何か」について考え直すことが欠かせない。


【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、大手新聞社に就職。主に企業関係の取材を担当。
現在は経済関係部署のデスク。

(2011・4・13)


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