第5回 堀江裁判が導く「地に足の着いた」起業家の時代

7月25日に、ライブドア事件で証券取引法違反罪に問われたライブドアの元社長、堀江貴文被告に対する控訴審判決があった。東京高裁は堀江被告の控訴を棄却、懲役2年6月の実刑とした東京地裁の一審判決を支持した。ただ控訴審では堀江被告が一度も出廷しなかったこともあり、2年半前の堀江被告らの逮捕の時や、一審判決の時に比べ、世間の関心は相当に薄らいだように感じた。

堀江被告逮捕・判決の意味は何だったのか。それを感じようと、控訴審判決の後、六本木ヒルズを改めて歩いてみた。オフィス部分の森タワーに入ると、壁には入居企業の一覧がある。すぐに気づくのは、その内容が以前とはがらりと変わったことだ。
 
開業当時、六本木ヒルズには、ライブドアだけでなく、IT(情報技術)系を中心としたベンチャー企業が集まっていた。先行して入居していたヤフーに続き、楽天が入居した時には「ライバル会社同士の社員が顔を合わせないように」と、同じエレベーターを使わなくて済むようなフロアに入った。
 
ヒルズ内の飲食店には、ランチともなれば、見るからにベンチャーの社員らしき人たちがあふれていた。「社員証は見えなくても、遠くからでも素振りを見ていれば、だいたいどこの社員かはわかりますね」。あるITベンチャーの役員が解説するほど、彼らは目立っていた。
 
ライブドアがプロ野球への参入問題やニッポン放送の買収提案などで話題を振りまいた2004年から2005年にかけて、ヒルズに入居するベンチャーの時価総額は、合計数兆円にも達していたはずだ。
 
だが事件後、当のライブドアホールディングス(旧ライブドア)が本社を港区の別のビルに移転しただけでなく、ヤフーも楽天もヒルズを去った。日雇い派遣子会社を廃業したグッドウィル・グループも、ヒルズからの本社移転を検討している。
 
今のヒルズも、観光客などでそれなりににぎわうが、かつての主役たちがかもし出していた、ギラギラした感じには乏しい。
 
上場前の堀江被告を取材したことがある。年上の人に対しても攻撃的に自説を語るのはそのころからのことだが、当時のライブドアはウェブ系の技術を手がける「中身」もある会社だった。
 
事件後、「友達感覚で会社を経営し、株価をつり上げるため、まるでコンピューターゲームをしているかのように、法やルールの不備をみつけ、そこにつけ込むことに躍起になっていた」と、ライブドアの旧経営陣を批判したマスコミがあった。
 
だが少なくとも堀江被告らが最初からそうだったわけではない。ネット台頭の波に乗り2000年に上場し、さらに上場で得た資金や立場を利用して合併・買収などを繰り返すうちに、中身より外見を追い求める「上げ底」の度を強め、ついには虚業といってもいい段階まで進んでしまった――。それが実態ではないだろうか。
 
ヤフーや楽天が入居して俄然注目を集めつつあった六本木ヒルズにライブドアが本社を移した時には、企業規模やウェブサービスの充実度でははるかに先行していた両社に並びたいという意識が透けて見えた。あたかも同じヒルズに入居すれば、企業としての「格」も並ぶかのように。そういえば、当時のライブドアのサイトのデザインは、パクリかと思うほど、ヤフーのサイトに似ていた。
 
ライブドアがプロ野球への参入にあれほど執念を見せたのも、またそのほかの新興企業もこぞって球団経営や命名権の獲得などのプロ野球関連事業に参入しようとしたのも、手っ取り早く、世間が認めてくれる「看板」が欲しかったからだろう。
 
堀江被告らの逮捕と裁判によって断罪されたのは、そうしたライブドアや多くの新興企業にみられた「上げ底」の経営姿勢だ。
 
ライブドア事件をきっかけに、ジャスダックやマザーズなどに上場する新興企業には相次いで不祥事が発覚。投資家の新興企業に対する夢も、時価総額も急速にしぼんだ。上げ底経営の会社や経営者にとってはある意味、自業自得だが、問題は会社を興したばかりの起業家やその予備軍に、事件や新興企業バブルの崩壊がどう影響を与えているかだ。
 
7月下旬、ベンチャー企業支援会社、プレジデンツ・データ・バンク(東京・中央、PDB)が主催するベンチャー向けのセミナー・交流会に出席してみた。講師は2007年末に東証マザーズに上場したリサイクルショップ運営、トレジャー・ファクトリーの野坂英吾社長。堀江被告と同い年(1972年生まれ)だが、大学卒業(1995年)と同時に同社を立ち上げ、試行錯誤を重ねながら衣料のリサイクルなど独自のノウハウを積み重ね、12年かけて上場を実現した苦労人だ。
 
会には100人近いベンチャーの経営者などが集まったが、印象的だったのは、ミネラルウォーターしか出ない交流会でも、熱心に名刺を交換しながら情報交換する出席者が多かったことだ。印象は「地道な若者たち」。約10年前にネットベンチャーの若者らが集ったビットバレー、あるいはその後の携帯電話向けコンテンツのベンチャーの集まりなどの派手さとは随分と印象が異なる会だった。
 
PDBの高橋礎社長によると「やはり数年前までは『○年で上場します』というような大言壮語型の人が多かったが、最近はそういう人がいなくなり、地に足がついた感じの人が多い」という。
 
ライブドア事件は確かに、起業家予備軍を減らし、「大企業からベンチャーへ」という流れも止めた。だが、もしそれが起業家を選別にかけて地に足の着いた経営者を浮かび上がらせているのだとしたら、それは事件が残した大切なものかもしれない。


【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、大手新聞社に就職。主に企業関係の取材を担当。
現在は経済関係部署のデスク。


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