第44回 iPad発売を前に書類スキャナが売れる日本の電子書籍市場の不思議

1年以上前に売り出された商品が今になって売れ始めた
 
米アップルは5月28日、多機能情報端末「iPad(アイパッド)」を日本国内でも発売する。先行する米国では4月初旬に発売、4週間で100万台以上を販売した。日本でも10日の予約開始時には量販店に行列ができ、大ヒット間違いなしと言われている。

そして、このiPad発売を前に、ひそかに売れ行きが伸びている"旧商品"がある。PFUが2009年2月に発売したドキュメントスキャナ「ScanSnap (スキャンスナップ)S1500/1500M」である。両製品はハードウェアは同じで、S1500がウィンドウズ、同Mがマック向けだ。
 
ScanSnapはA4までの用紙の両面を連続でカラーで読み取ってPDFやJPEG形式でパソコンに保存するものだ。その最大の特徴は毎分20枚・40面の高速読み取り。実際に書類などを読み取ってみると、机の上にあふれた書類などを、さくさくと電子化できることが実感できる。
 
元はオフィスの文書の電子化を念頭にした製品だが、個人利用者の中には、書籍の電子化に利用する人も多い。通常の文庫本なら裁断後2~3分程度でPDFファイル化できる。付属のソフトでOCR(光学式文字読み取り)もかけられるので、できあがったPDFファイルは、自在に検索できる。これは紙の本にない利点だ。


読み取り機と一緒に売れる裁断機
 
さらにできあがったPDFファイルを、Dropboxのようなオンラインストレージサービスを利用して「クラウド」上に収めておけば、家のデスクトップでも、オフィスのノートでも、さらにiPhoneなどのスマートフォンでも閲覧可能だ。1冊の本をこのように使えるのは"電子書籍"ならではだ。
 
ScanSnapとともに、「裁断機」というニッチ商品もにわかに注目を浴びている。文庫本1冊程度ならカッターで切ることも可能だが、手持ちの本を片っ端から電子化しようとすると、荷が重い。そこで普通のコピー用紙などを160~180枚を、手軽くきれいに裁断できるプラスの裁断機「PK-513L」といった商品が急に売れ出した。
 
こうした自前で書籍を電子化する技術は「自炊」と呼ばれ、今になって確立されたものではない。ScanSnapの初代機が発売されたのは2001年7月。読み取りの速度など性能は格段に上がっているが、原理そのものは当時と変わらない。ScanSnapは昨年末までに累計100万台も売れた製品だ。それがここへ来て広く注目を集めるきっかけになったのが、iPadの発売なのだ。


日本で電子書籍販売サービスが実施されない理由

「大きなiPhone(アイフォン)」とも揶揄されるiPadだが、期待されている最大の機能は電子書籍だ。基本ソフト(OS)がiPhoneと同じなので、iPhoneのソフトやサービスがそのまま動き、操作方法もほとんど同じだ。一方で携帯電話網を使った通話はできず、680グラムという重さから携帯する音楽端末としても向かない。
 
ただし画面は大きい。9.7インチのLEDバックライトディスプレーを備え、解像度もXGA(1024×768ピクセル)と通常のノートパソコン並だ。9.7インチといえばA5版に近い大きさで、文庫本よりは重いものの、ネットブックや携帯電話、iPhoneなど、これまでの端末類よりは電子書籍を読むのにははるかに適している。
 
米国などでアップルは電子書籍販売サービス「iBookstore(アイブックストア)」を用意し、既に150万本以上の電子書籍がダウンロードされた。だがアップルは今のところ、日本ではiBookstoreを用意するとは表明していない。
 
背景には、出版業界が電子書籍の普及に慎重だったことがある。権利関係の複雑さもあり、アップルが音楽配信サービス「iTunesミュージックストア」のように、多くの書籍を配信するのには、さまざまな壁があると見られている。


新しい協会の役割は「いかに自分たちの権利を守るか」?
 
iPad発売を前に、講談社が京極夏彦氏の新作ミステリー小説をiPadで配信することを表明したように、多くの出版社が電子書籍を手掛けようとはしている。だが個々の会社がバラバラにさまざまなフォーマットで電子書籍を試行的に配信しても、利用者にはあまりメリットがない。
 
ScanSnapが売れ出したのは、こうした「日本では統一的な電子書籍の配信が容易には進まない」ということを見越した動きなのだ。確かに裁断やスキャンなどの手間はかかる。だがその手間さえ惜しまなければ、書籍が場所にとらわれず読める、検索できる、本で専用されていた部屋が片付く――――などさまざまな利点を享受できるのだ。
 
ただスキャナを使い自前で電子化した書籍は、違法コピーで元の書籍も持っていなかった人にも簡単に手渡せてしまう。実際にコミックなどは、アングラで、しかも規模の大きい違法コピー市場が存在している。
 
日本の出版業界は2月、電子書籍対応技術の標準化などを進める「日本電子書籍出版社協会」を設立した。ただ関係者の発言を読むと、いかに自分たちの利益を守るかにウェイトがあり、利用者に利点がある電子書籍流通の仕組みを作る方向性が感じられない。
 
今の書籍でも、出版社には元となる電子データが存在する。それなのに利用者がいったん紙の本になったものをスキャンして再び電子化しなければならない日本。そこに日本の出版業界の遅れが凝縮されている。


【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、大手新聞社に就職。主に企業関係の取材を担当。
現在は経済関係部署のデスク。

(2010・5・25)


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