第41回 「新興国への輸出増で回復」にひそむ死角

群馬県では残業や休日出勤も復活した
 
株式市場はここのところ、米オバマ政権の金融規制強化案や、ギリシャなど一部欧州諸国の債務問題への懸念から、弱含みの相場が続いている。ただ日本の実体経済を表す指標では、久々に明るい兆しが見え始めた。

内閣府が15日に発表した2009年10~12月期の国内総生産(GDP)の速報値は、その筆頭だろう。物価変動の影響を除いた実質GDPは前期比1.1%増、年率換算では4.6%増と、3四半期連続で増えた。輸出や個人消費が伸び、さらに設備投資も7四半期ぶりに増加に転じたからだ。
 
地方の現場を歩いていても、明るい話題をちらほらと耳にするようになった。
 
自動車大手、富士重工業が唯一の国内自動車製造拠点を置く群馬県太田市。ステーションワゴンを中心とした「レガシィ」シリーズ、小型の多目的スポーツ車(SUV)「フォレスター」など4車種を生産する群馬製作所の矢島工場(太田市)はいま、活気にあふれている。残業や休日出勤を伴った「フル稼働状態」に戻ったからだ。
 
2008年秋のリーマン・ショック後、急速に悪化する雇用問題の象徴となった自動車各社の非正規社員。富士重も08年12月初めの時点では期間従業員や派遣社員など非正規社員が1800人いたが、世界的な自動車販売不振により一時は400人にまで削減していた。
 
だが自動車販売が復調軌道に乗り、09年9月には期間従業員の採用を再開。今年1月以降は900人にまで増やした。「うちの場合は、北海道や東北から広く期間社員を集める仕組みができている。今回も、経験者など質の高い人材がすぐに集まった」と富士重の担当者は話す。


生産台数は横ばいでも販売先が変わった
 
太田市内で活気が感じられるのは、富士重だけではない。年初に行われた市内の機械金属中小企業の新年会には、これまでで最も多い人数が集まった。
「『コスト削減圧力が強い』といった不満を漏らす人は多かったが、1年前の『仕事がない』という状況に比べればはるかにまし。会に人が集まるのは、中小企業の元気が回復してきた証し」と出席者の1人はみる。
 
太田市の製造品出荷額に占める輸送機械の比率は約65%と、文字通り自動車産業が市を支える。
 
また坂本工業やしげる工業といった富士重の1次下請けだけでなく、市内の自動車関係中小企業のほとんどは何らかの形で、富士重と関係している。富士重の回復が、太田市周辺の中小製造業を元気にしているわけだ。

 
富士重がこのほど発表した09年4~12月期決算を検証すると、興味深いことに気づく。富士重の2009年3月期の販売台数は55万5300台、10年3月期の計画販売台数は56万台とほとんど変化しない。前期は下期が失速、今期は上期が低調だったため、通期ベースで見ると販売台数はほぼ同じとなる見通しだ。
 
変わったのは、販売先だ。前期に比べ今期は欧州・ロシアが約4万台も減る(51%減)見込みなのに対し、米国が3万7000台増(20%増)、中国が2万3000台増(88%増)となる見通しだ。
 
富士重の場合、生産拠点は群馬製作所と米国のインディアナ工場の2つ。レガシィなど北米向けの約半分はインディアナ工場で、残りは群馬製作所で生産している。
 
そのため群馬製作所の生産分で、最も伸びたのは「中国向け」。欧州・ロシア分が半減し、国内向けも8000台減(4%減)となっているので、相対的に中国向けの比率が高くなっているのだ。先ほど説明した太田市の産業構造を考えると、群馬製作所だけでなく、太田市の製造業全体も、中国への依存度がじわり高まっているわけだ。
 
富士重を含む日本の乗用車7社の2010年3月期の業績見通しを見ると、特に日産自動車やホンダの回復度合いが大きい。これも富士重同様、中国や新興国への輸出が伸びているからだ。日本の製造業全体でも、中国や新興国での需要開拓に成功した企業ほど、利益の伸びが大きい傾向がある。
 
上場企業の09年4~12月期決算でも、アジアなど新興国の事業をテコに収益を改善させた企業が相次いだ。3月期決算企業(金融、新興市場を除く)の10年3月期経常利益は2期ぶりに増益になりそうだ。


現在は知識集約型産業を立ち上げるための猶予期間
 
2007年秋以降の米国初の世界金融危機の後、中国など新興国の経済も同時に失速したため、新興国は先進国経済の落ち込みの影響を受けずに成長するという「デカップリング(非連動)論」は否定された。だが09年春を底にした景気回復過程では、新興国に比べて、日米や欧州など先進国は景気回復の勢いで見劣りし、再びデカップリング傾向が鮮明になりつつある。
 
ただ日本経済が中国など新興国の成長を取り込むことができれば、安心というわけではない。製造業は常に、相対的にコストが安い国に仕事が奪われる危険性を秘めており、いつまでも「中国・新興国への輸出」で稼ぎ続けられる保障はまるでないからだ。
 
いま太田市が元気を取り戻しつつあるのも、富士重の規模が他の自動車大手に比べ相対的に小さく、中国での現地生産を行わず、日本からの輸出のみで対応しているからという側面もある。富士重が中国で現地生産するようになれば、太田市の経済にはかなりのマイナス要因になるだろう。
 
今よりもさらにコスト競争力を高めること。自動車産業が海外に出ていったときに部品点数の多い産業構造を行かせる代替分野――ロボット産業――などを育成すること、ものづくり以外で日本が勝てる知識集約型の産業を早急に立ち上げることなど、日本経済が取り組むべき課題は山積している。「中国など新興国への輸出で急回復」している局面は、課題に取り組むべき「猶予期間」を与えられたと考えた方がいい。


【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、大手新聞社に就職。主に企業関係の取材を担当。
現在は経済関係部署のデスク。

(2010・2・16)


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