第35回 日本一の名湯が真剣に考える宇都宮方式「名産」の作り方

どこの店にも客が列をなす宇都宮の異様な光景
 
時間は午前11時。その店の開店時間は11時半なので、どこかで時間をつぶした方がよいかもしれない。そんなことを思いつつ、店の前まで来ると、既に数十人の行列ができていた――。11月のある週末、宇都宮市の中心にある老舗の餃子(ギョーザ)専門店、宇都宮『みんみん本店』でのできごとだ。

あわてて私も列の後ろに並ぶことにした。その後も店を目指す人の列はとぎれず、11時半の開店時には、列は50メートルほどの長さになっていた。
『みんみん本店』は、どこの町にもある中華料理店のような店構えだ。餃子はヤキ(焼餃子)、スイ(水餃子)、アゲ(揚餃子)の3種類。後はライスとビールのみという潔さだ。餃子はすべて1人前6個入りで240円。ヤキとアゲを1皿ずつ頼んでみる。
 
特に美味しかったのが焼き餃子。皮はぱりっと焼け、一口かじるとハクサイやニラ、豚肉の汁がじわっと口の中に広がる。思いのほか軽めで、2皿を食べ終える頃には、追加注文をする誘惑を抑えなければならなかった。
『みんみん本店』を出て宇都宮駅方面に向かおうとすると、さっきとは違う行列がまたできている。これも老舗の1つ、『正嗣(まさし)宮島店』に入るための列だ。
 
こちらはカウンターしかない、『みんみん』よりもさらに小さいお店。『みんみん』より回転が速くないため、小一時間並ぶことになった。
 
列に並ぶのは、主に20代から30代にかけての若者たち。後ろにいた5人組のギャルたちは、どうやら前日は近場の温泉に泊まり、今日は餃子屋巡りをする計画のようだ。デジカメやケータイで盛んに写真を撮り合っている。
 
彼女たちに限らず、ガイドブックや、宇都宮餃子会がつくったオフィシャルマップを持つ人が多い。


餃子5皿とご飯1膳、3軒の店で1240円
 
列を眺めていて、ディズニーランドやテーマパークのアトラクションに並ぶ人たちと似ていることに気づいた。ゆっくりと進む行列。恋人や友人達と、これから入る店についてああでもない、こうでもないと話す。マップを見ながら、次はどの店(アトラクション)に行こうかと考える――。
 
私はおいしいと思ったが、『みんみん』や『正嗣』のような老舗店でも、なかには「味は大したことはない」という意見もあるようだ。
 
ただこうして並んでいる人たちは、味だけが目当てではないのかもしれない。並んで、食べて、また巡る。そんなテーマパークのような楽しみ方をしているのだ。
 
その日、私は結局3つの餃子専門店をはしごして、餃子5皿とライスを1つ食べることになった。だがそれでも代金はしめて1240円。テーマパークのように楽しめて、それよりも安く、しかもうまい。まさに、今のようなデフレ時代にかなった楽しみ方だろう。
 
私が「宇都宮に行って餃子を食べてみようか」と考えたきっかけは、群馬県草津町の中沢敬町長が「これからは宇都宮の餃子や福岡の明太子のような発想で、名産をつくっていきたい」と話したのを聞いたからだ。
 
「天下の名湯」として、その名をはせてきた草津温泉。ピーク時からは少し減ったとはいえ、今でも年間270万人の人たちが、草津を訪れる。
 
1度、草津を訪ねてみれば、その観光地としての強みが何よりも「温泉」にあることがわかる。町の中心地にある「湯畑」では、毎分4000リットル以上という大量のお湯が噴出している。
 
湯畑を中心に、町にはホテルや旅館の他にも18の共同温泉浴場があり、どこへ行っても硫黄のにおいが漂う。その「温泉力」は強烈で、業界紙の温泉ランキングで、草津温泉は7年連続でトップになった。
 
ただそんな草津にも、1つ弱みはある。それは「食」についてだ。


目立った産品はなくても名産は作れる
 
草津の旅館やホテルでの料理は、刺身や鍋物といったいわゆる「ほかの温泉でもよく出るもの」が中心だ。だが最近は消費者の地産地消志向が強くなり、東京近辺から来る客の中には「草津に来て、わざわざ刺身など食べたくない。地場のものを食べたい」という人がいるという。
 
では草津にはどんな地場食材があるのか。草津は白根山の東麓、標高1200メートルの高地にある。標高が高いだけでなく、硫黄泉の影響で、「草津で採れる珍しいもの」というと、花インゲンぐらいしかない。「地場の食材による名産」というのが、ほとんど成立しない土地なのだ。
 
中沢町長が「宇都宮の餃子や福岡の明太子のような発想で」と話したのは、両地とも地場に圧倒的な強みを持つ食材があったわけではないのに、「名産」をつくることに成功したからだ。
 
宇都宮の餃子が全国区の名産になったのは、意外にも1990年以降のこと。宇都宮市役所の商業観光課にいた沼尾博行さんが「1世帯当たりの餃子消費額は宇都宮が日本一」という話を聞き、「これを名物にしよう」と考えたのが始まりだ。粘り強く餃子店を巡るなどして、メディアへのアピールを続けた。こうして店主らが宇都宮餃子会を設立したのは、1993年のことだ。
 
今や宇都宮には、餃子目当てに年間100万人近い観光客が訪れるという。ありふれた食材でも名産としうることを示した宇都宮の戦略は、草津だけでなく、目立った産品を持たない全国の自治体のお手本にもなっている。


【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、大手新聞社に就職。主に企業関係の取材を担当。
現在は経済関係部署のデスク。

(2009・11・24)


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