第33回 「長く使える機械」が時代のトレンドになりつつある

今でも全国で走っている蒸気機関車
 
1976年、静岡県の大井川鉄道(現・大井川鐵道)で始まった蒸気機関車(SL)の保存運転。現在、国内の営業路線を走るSLは、大井川鐵道のC10、東日本旅客鉄道(JR東日本)のD51(通称デゴイチ)、JR北海道のC11など15台前後ある。

行楽シーズンに、臨時列車やイベント列車として全国各地を走るSLは、すっかり観光資源として定着したものになった。また最近は明治から昭和にかけての「産業遺産」としても、改めて注目されつつある。
 
そうした、実際に走り続けるSLの1つ、JR東日本が所有する「D51 
498号」を、間近で見る機会があった。
 
D51は、日本で最も多く製造された蒸気機関車だ。1936(昭和11)年から1945(昭和20年)までの10年間に、1115両も製造された。
 
戦前の鉄道省、旧国鉄のSLには主に「C」と「D」の系列がある。CやDは機関車を動かすための動輪の数を表しており、C系は片側に3つ、D系は4つの動輪がある。速度重視のC系は旅客用、牽引力重視のD系は貨物用の機関車だ。
 
D51は元は貨物専用だったが、勾配に強く、八王子~高崎間を結ぶ八高線クラスの、本線ではない路線でも走れる仕様場面の多さなどから、旅客用に使われることも多かった。
 
D51 
498号は1940年(昭和15年)、当時の鉄道省鷹取工場(神戸市)で誕生した。岡山機関区を皮切りに、全国各地で活躍。1972年10月の国鉄100周年記念運転で八高線を走った後、上越線の後閑駅構内に静態保存されていた。保存されるまでに、地球54周分に当たる216万キロ強を走ったことになる。


ボールベアリングが普及してないときに培われた技術
 
その498号が復活するのは、16年後の1988年のこと。JR東日本の大宮工場で復元工事を施され、12月にオリエント急行を牽引する形で復帰した。それからはJR東の臨時列車やイベント列車で活躍している。
 
今も12月半ばまでの土曜・休日は、上越線、高崎~水上間の臨時快速列車「SLみなかみ」を引っ張る498号の雄姿を見ることができる。
 
498号を普段、整備するのは、JR東の高崎車両センター高崎支所(高崎市)。498号は、1週間後に走行する予定のあるときは、石炭をくべる「火室」の中の火を、完全には落とさない。急激な温度変化によるボイラーの伸び縮みを抑え、できるだけボイラーの寿命を長くしようという工夫だ。
 
そのため498号は整備工場で停車中のときも、少量の煙が出続けていて、工場の中は、なんだか懐かしい煙のにおいがする。
 
だがそれ以上に印象的なのは、片側に4つある動輪、蒸気で動いたピストンの動きを動輪に伝える「主連棒」など可動部分の至る所に油を差してあり、工場の床も油まみれで、歩くたびにつるつると滑りやすいことだ。
 
現代の鉄道車両は、車輪など回転する部分を支える軸受には、ボールベアリングを使っている。
 
だがD51が設計・製造されたのはボールベアリングが普及していない時代。そこでD51は、回転する車軸と軸受の間に潤滑油を入れて、油膜で滑りやすくする「平軸受」という方式を採用している。
 
可動部の至る所に「油つぼ」があり、毛糸を使って、一定量の油が常に軸受に供給される仕組みだ。平軸受は軸受部分の金属が摩耗しやすいが、軸受部分のみ簡単に取り替えられるようにもなっている。


機関車を動かす仕組みがすべて見える
 
現代の鉄道車両は、軸受部分が故障などした場合、大きな塊ごと交換しないといけない。ところがD51は軸受けの摩耗部分のみ取り替えられる。同支所の松本幹男支所長は「D51は油を差すなどきちんと保守をして、摩耗部分は擦り減ったら交換すれば、ずっと使える」と説明する。
 
もう1つ、現代の鉄道車両と大きく異なるのは、機関車が動くメカニズムが、目で見ることができ、理解しやすいことだ。
 
(1)石炭を火室に投げ入れ燃焼させる(2)発生した熱ガスをボイラーで水に伝え高圧の蒸気をつくる(3)蒸気をシリンダーに送り圧力でピストンに往復運動を起こす(4)ピストンの一方をクランクに結合し、往復運動を車輪の回転運動に変える――。新しい鉄道車両や自動車のように電子的に動く部分がないだけに、こうした「機関車を動かす仕組み」がすべて目で見える。こうしたことが、保守のしやすさ、寿命の長さにつながっている。
 
498号は途中16年の"休憩期間"があったとはいえ、来年で誕生から70年になる。東海道新幹線が開業した1964年にデビューした初代新幹線、0系などが次々と引退していることを考えれば、驚きの長生きだ。
 
SLの全盛期後にやってきた戦後の大量生産時代には、顧客の持っている商品を短い期間のうちに陳腐化させて、新製品に買い換えさせる手法が、さまざまな分野で広がった。だが環境意識の高まりなどから、こうした「計画的陳腐化」の手法は消費者に敬遠されるようになり、iPhoneを展開するアップルのように、同じ商品を長く使ってもらうことを売りにする企業も増え始めた。
 
そうした時代に改めてSLを眺めてみると、その設計思想が今の時代にむしろ合っていることを感じる。


【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、大手新聞社に就職。主に企業関係の取材を担当。
現在は経済関係部署のデスク。

(2009・10・27)


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