第31回 鳩山政権が始動して明らかになってきた「マニフェスト至上主義」の危なさ

自民当時にはありえなかった政治主導の驚き
 
鳩山由紀夫政権がスタートして約2週間。民主党が先の衆議院選挙で掲げたマニフェスト(政権公約)に沿った新政策が、続々と動き始めた。

国連に出席した鳩山首相は、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスを「2020年までに1990年比で25%削減する」と宣言した。また目玉政策の1つである「子ども手当」については、来年度からの実現に向けて予算編成作業が始まった。
「時代に合わない国の大型直轄事業は全面的に見直す」として実例に挙げた川辺川ダム(熊本県相良村)、八ツ場ダム(群馬県長野原町)についても、前原誠司国土交通相は就任早々に「中止」を宣言した。
 
いずれも、現実的な政策や議論を積み上げるよりも、先に理想(公約)を宣言してトップダウンで政策転換を図る手法だ。
 
こうした新政権の行動を見て、「政権交代とは、政治主導とはこういうものなのか」と改めて実感した人も多いだろう。
 
自民党政権下では、その分野に通じ、省庁とも一心同体の族議員が閣僚に選ばれるのが一般的だった。そうした状況下では、これまで続いていた政策がガラリと変わることはほとんどあり得なかった。
 
だが新政権の閣僚はその省庁にしがらみがないばかりか、長妻昭厚生労働相のように役所の嫌う人物を閣僚に据えたケースも多い。
 
政権が代わり、首相や閣僚がやる気になりさえすれば、これだけの政策転換に手を付けることが可能なのか――というのが、この2週間の偽らざる感想だ。
 
だが先に挙げた政策はいずれも、関係者や専門家の間では、賛成ばかりでなく、反発や批判などを多く抱える問題だ。
 
地球温暖化対策として、鳩山首相が温室効果ガスの25%削減を国連で表明したことには、所管する経済産業省の役人からも、企業経営者からも「どのような方法、道筋で達成をするのか」などといぶかる声が上がっている。
 
マニフェストに掲げたことを理由に、細かな議論を積み重ねることなく、先に"御旗"を掲げる手法は、必要以上に反発を強くし、問題の解決を難しくしたり、遅くしたりする事態を招きかねない。


99年「次の内閣」の社会資本整備担当相だった前原氏
 
例えば八ツ場ダムの問題。前原氏はなぜ就任早々と「八ツ場ダムの建設は、マニフェストに書いてあるから中止する」とぶちあげてしまったのだろう。
 
中止方針を最初に打ち出したのは、官邸で行われた新閣僚の就任記者会見の場ではない。その話をしたのは、会見前に記者に囲まれた場でのことだったという。
 
一般に外交・防衛関係が専門と見られている前原氏だが、民主党が1999年に初めて「次の内閣」を設けたとき、社会資本整備担当の閣僚に就任したのが前原氏だった。
 
当時から「公共事業を5年から10年で2~3割削減する計画をつくりたい」と語っていた。就任後にすぐ、八ツ場ダムの中止を掲げたのは「党のマニフェストに書いてあるから」という理由だけでなく、「公共事業削減は昔からの持論」という自負もあったのかもしれない。
 
だが、この前原氏のふるまいは、八ツ場ダムの地元住民の態度を一気に硬化させた。前原氏は中止を宣言した後で、八ツ場ダムの現地を視察すること、さらに地元住民らと意見交換会を開くことも決め、実際、9月23日に現地入りした。しかし住民側は「最初から中止ありきでは、話し合いのテーブルに着くことはできない」と交換会への出席をボイコットすることになってしまった。


マニフェストに掲げたすべてを是認したわけではない
 
八ツ場ダムの計画が浮上したのは今から57年前の1952年。長い反対闘争の末に、苦渋の決断で建設を受け入れた住民達はいずれも「自分の代だけでなく、親父やじいさんの時代から受け継いできた問題」という思いがある。
 
それだけに「国交相に就任して2~3時間しか経っていない人に、なぜ57年間かけて結論が出た問題を否定されなければいけないのか」などと、強い反感を買ってしまった。
 
前原氏は「地元の理解を得るまでは中止手続きを始めない」方針も打ち出しており、この問題は長期化する可能性が高くなってきた。
 
もし前原氏が中止を宣言する前に「まずは現地を視察する」といって、同じように現地を視察すれば、住民は喜んで意見交換の場に臨んだだろう。そのうえで建設続行と中止の双方の費用対効果を明らかにし、住民や流域自治体に対しては現状の計画に代わる補償や利水・治水の代替案を提示してから、中止方針を打ち出せば、今とは違った展開になっていたはずだ。
 
ある自治体のトップは「(八ツ場ダムの問題に限らず)今の民主党の、『マニフェストに書いてあるから、それをそのまま必ずやり遂げる』という姿勢はおかしい。私たちは公約に掲げた個々の政策すべてを是認したわけではないのだから」と指摘する。
説明なしに、マニフェストを反故にするのはもちろんおかしい。しかし細やかな議論を積み重ねることのない「マニフェスト至上主義」は、これもまた危なっかしい。


【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、大手新聞社に就職。主に企業関係の取材を担当。
現在は経済関係部署のデスク。

(2009・9・29)


トップページ -> 地方経済の視点 -> 第31回 鳩山政権が始動して明らかになってきた「マニフェスト至上主義」の危なさ