第30回 巨大ダム賛成で地元民が失わさせられた「未来を作り出していく力」

総貯水量1億立方メートルのプロジェクト
 
8月30日に投開票が行われた衆議院選挙の期間中、群馬県長野原町にある吾妻渓谷を何度か訪れた。民主党が衆院選のマニフェスト(政権公約)で、「時代に合わない国の大型直轄事業」の典型例として中止を掲げた「八ツ場(やんば)ダム」の建設予定地がある所である。

東京や高崎方面から建設予定地へと向かうには、JR渋川駅から草津方面へと通じるJR吾妻線に乗るか、JRと並走する国道145号線を車で進むかする。
 
渋川を過ぎたばかりの頃は、窓には吾妻川沿いにのんびりとした田園風景が広がる。しばらくすると、徐々に渓谷が険しくなり、やがてコンクリート製の巨大な橋が視界に飛び込んでくる。
 
ダムによってできる湖を回避するために、吾妻線や道路の付け替え工事、橋の建設が急ピッチで進んでいるのだ。このダムの事業主体である国土交通省は9月にダム本体工事の入札を行い、10月にも着工する予定だった。だが新内閣の発足を前に、国交省は民主党に配慮して、本体工事の入札延期を決めた。ダムの先行きが不透明となるなかで、訪れた人に最もその存在を強く感じさせるのが、この巨大な橋の姿だ。
「ダムに沈む温泉」として知られる川原湯温泉(長野原町)の近くで建設が進む県道用の橋は、今の国道より約40メートルも高いところを通る。青空に向かって伸びる橋脚を見上げ、橋げたのすぐ下まで水で満たされることを想像すると、総貯水容量1億立方メートルという、このプロジェクトの規模の大きさが実感できる。


ダムで食べてきた住民が恐れるもの
 
ダムといえば、山奥の水源池の近くにあるのが普通だ。水没する集落があったとしても、数は少なく、ダムより下流に集落ごと移転するケースが多い。
 
しかし八ツ場ダムが特異なのは、利根川の支流である吾妻川の「中流域」に計画された点だ。より上流には有数の観光地である草津や万座、キャベツで有名な嬬恋村もある。
 
それだけに、ダムの建設予定地とは思えないくらい人口も交通量も多い場所だ。移転する場合にも、集落ごと下流に移るのは不可能なため、水没する地域より高い場所の山を切り開いてダム湖畔に移転させる「現地ずり上がり方式」が取られた。
 
ダムが本当に完成した場合、水に沈む土地は316ヘクタール、世帯数は340戸。その広さは東京ドーム約68個分にもなる。吾妻渓谷の両岸にある川原湯地区と河原畑地区は全部、ほかの3地区も一部水没する。吾妻渓谷の貴重な自然も当然、損なわれることになる。
 
だがダムが奪ったり、損なったりするのは土地や故郷、景観ばかりではない。
 
水没地区の住民を取材する中で、ある住民からこんな話を聞いた。
「水没予定の川原湯温泉の人たちは、ダムができることを大前提に生きてきた人たち。確かに国に翻弄されてきた面もあるが、一方でさまざまな補助金をもらったり、工事関係者による特需もあるなど、"ダムで食べてきた"面もある。民主党政権が誕生し、ダムが中止になると、そうした恩恵がなくなることも恐れているのではないか」。


われわれは自民党と契約したのではない、国と契約したのだ
 
国が八ツ場ダムの計画を公表したのは1952年。1947年のカスリーン台風で利根川流域に大洪水が起こったため、治水を目的に計画されたものだった。
 
住民はかつて激しく反対運動を繰り広げたが、85年に群馬県と長野原町が住民の生活再建について合意。その後、1992年には住民が反対運動の旗を降ろし、2001年には水没地域の住民らが土地価格などの補償基準に合意した。こうして、ほとんどの住民は反対から賛成へと転じた。
 
当初、2000年度に完成予定だった基本計画は2度変更され、完成予定は2015年度に延び、総事業費も2110億円から4600億円に増額した。計画は遅れに遅れていたが、ここ数年は代替地や橋、トンネルなどの建設が目に見えて進み、あまりにも長すぎて疲れていた住民の間でも「一筋の光明が見えてきたところだった」(川原湯温泉の旅館経営者)という。
 
苦渋の選択で建設を受け入れ、50数年苦しんできた住民。こうした経緯があるだけに、住民は「八ツ場ダム中止」を公約としていた民主党が政権を握ったことに困惑。
「どうしてここまできて中止なのか」
「我々は国と契約したわけで、自民党と契約をしたわけではない。だからダム建設を計画通り進めてもらわないと困る」といった声がもれてくる。
 
ただ地域を歩いていると、先の住民が指摘するように、この地域が、ダム建設を前提に公共事業費や補助金、補償といった形で流れ込んでくる資金によって、徐々に「ダムなしではやっていけない」体質になっていたことも感じる。
 
こうした巨大なダム計画によって失われるものとは、土地や自然ばかりではない。実は自らの地域の未来は自らが創り出していくという「自助の精神」を損なってしまうことこそ、恐ろしいことなのではないか。


【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、大手新聞社に就職。主に企業関係の取材を担当。
現在は経済関係部署のデスク。

(2009・9・8)


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