第3回 日本にグーグルが生まれない本当の理由

わずか10年でトヨタ自動車の時価総額
 
日米のベンチャーを比較する時によく話題になるのが「日本にはどうして米グーグルのような会社が生まれないのか」という疑問である。

グーグルの誕生は1998年9月で、1997年設立の楽天よりも新しい。それでいて現在の時価総額は、米株式市場が変調を来している今も約1700億ドル(約18兆円)を維持。楽天などジャスダック上場企業(950社)が束になっても(合計額は11兆円)かなわない。日本で現在、時価総額でまともに張り合える会社はトヨタ自動車(約17兆円)ぐらいしかない。
 
先日、シリコンバレーにも詳しいある新興企業の経営者と会った時にこの疑問を投げかると、間髪を入れずに答えが返ってきた。
 
「それは、日本では新しいものが否定されるからですよ。日本ではベンチャーが新しいものに挑戦しても『しょせんベンチャーでしょ』と受け取られて、否定的に見られてしまう。一方、米国は新しいことに挑戦した会社は尊敬される。ブラウザーを最初に事業化したネットスケープコミュニケーションズは成功はしなかったが、彼らの挑戦を否定する人はいませんよ」
 
グーグルはスタンフォード大学の学生だったラリー・ページとセルゲイ・ブリンが立ち上げた会社だ。2人は起業前にサン・マイクロシステムズ共同創業者のアンディ・ベクトルシャイムに会って話をすると、ベクトルシャイムは初対面の2人に10万ドルの小切手を送ったという。2人はそれを元手にグーグルを創業。99年にはシリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)、クライナー・パーキンスとセコイア・キャピタルが2500万ドルを出資した。
 
当時のグーグルは新しい検索技術の開発にまい進するのみで、どうやって収益を得るかもはっきりしていなかった。にもかかわらず2人やグーグルに投資したベクトルシャイムやVCの存在を考えると、先の経営者の言葉に肯かざるを得ない。


ベンチャーの質の問題か?
 
だが一方で、こうも思うのだ。日本では常に新しいものが否定されてきたのだろうかと。
 
起業の世界でいえば、東京証券取引所が新興企業向けの市場、マザーズを設立した1999年以降、少なくとも2005年ごろまでは新しいものをつくろうとする起業家や会社にとって、追い風が吹いていた時期だ。マザーズ設立当時は国も大企業の経営者も「日本のベンチャーに足りないのはカネ」と考え、資金供給の仕組みを整えることを後押しした。
 
仮想商店街の楽天、ネット広告のサイバーエージェント、携帯電話向けソフトのACCESS、ブロードバンド事業などを手掛けるUSENなどは、いずれも新興市場が整備された2000―2001年に上場。市場から調達した資金を使って成長を加速した。こうした企業群は、グーグルほどの規模ではないにせよ、新しいことに挑戦し、それを後押しする投資家から資金を手に入れたともいえる。
 
だが問題は新しいことに挑むよりも、挑んでいると見せかけて、資金や上場という資格を得ることだけに腐心する起業家、企業がずっと多かった点だ。
 
ライブドアは楽天などと同じく2000年上場組だが、ある時点からは株価をつり上げることだけを考えるの会社に堕してしまった。YOZANのように市場から数百億円を調達しながら、事業を携帯電話用半導体、PHS事業、高速ネット事業と次々と変えた末に、今は市場から退場寸前の会社もある。その他、投資家の期待を裏切る、あるいはそもそも期待に応えるつもりもなかったダメ会社が多かったからこそ、日本でのベンチャー企業への信用は墜ちてしまったのだ。


起業家の原点に戻るとき
 
2008年4―6月期の日本での新規株式公開(IPO)した起業の数はわずか3社と、前年同期の10分の1に減った。米国の信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)に端を発した投資家心理の冷え込みや、景気減速といった外的な要因もあるが、投資家心理の底流にあるのは新興企業に対する不信感だ。
 
今やある意味では、投資家は新興市場が整備する前よりも、新興企業やベンチャーに懐疑的だ。「羮(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」という言葉がまさに当てはまる。
 
確かに冒頭の経営者のいうように、米国に比べれば日本は新しいものに挑戦する者を歓迎する気風は乏しいだろう。だが「挑戦者はいかがわしい」という見方を広めるたのもまた、一部の起業家の責任だ。
 
IPOの激減には、投資家や市場が成長企業の選別を強化するといったプラスの意味もある。グーグルもネットバブル後の「シリコンバレー冬の時代」を生き残ったからこそ、2004年に上場する時点で強い体質を持っていたという見方もある。
 
この冬の時代を次の春につなげるには、日本の起業家そのものが「新しいことに挑戦する」という原点に立ち返る必要がある。さらに、こうした起業家達を日本社会が正当に評価できるようになった時、それは以前よりも「グーグルのような会社」を生み出しやすい社会になっているはずだ。

(08・7・16)


トップページ -> 地方経済の視点 -> 第3回 日本にグーグルが生まれない本当の理由