第28回 フランスとは大違い、起業志向激減、起業が政策の争点にもならない現実

大学卒業後2年で会社を興した青年の今
   
1998年夏のことだ。インターネット関連の会社に勤める若手社員から「大学を卒業したばかりでネット系のベンチャーを興した人がいる」という話を聞き、興味を持ち、早速その若者に会いにいったことがある。

東京都港区の雑居ビルにある、その会社を訪ねてみると、オフィスにいたのは社長である若者本人と、もう1人だけ。オフィスはがらんとしてあまりにもできたばかりの感じがしたので最初は心許なかったが、話を聞き始めると印象が変わった。
 
当時25歳だったその若者は、大学卒業後に入社した人材サービス会社、インテリジェンスを1年で辞め、同社からの出資も受けて新会社を興した。大学卒業時から「起業」に興味を持ち、だからこそ人材系のベンチャーであるインテリジェンスを選んだのだという。
「今はインターネットの新しいサービスがどんどん出てきます。しかしどの会社も開発に人員を集中して配置するので、新しいサービスをきちっと営業して売ることができない。どんな分野でも足を使って売る仕事は大切ですが、ネットの会社って、意外とそれができないんですよね。そこで我々はネットに特化した営業代行をやっていきます」。
 
若者は新会社の狙いをこう説明した。実際、その会社はネット関連の営業の仕事をすぐに数社から受注した。
 
当時、既に私は新興企業やベンチャーの取材の経験がかなりあった方だが、大学卒業後2年しか経っていない「経営者」に会ったのはそのときが初めてだった。
 
そして単に若いだけでなく、会社のコンセプトもそれなりにしっかりしている。「若者の大企業志向が強い日本でも、こんな経営者が生まれる時代が来たのか」というのが、そのときの偽らざる感想だった。
この若者とは98年3月にサイバーエージェントを設立した藤田晋氏のこと。東京証券取引所が設立した新興企業向けの株式市場、マザーズにサイバーエージェントが上場するのは、それからわずか2年後のことだ。


「今の会社にずっといたい」が数年で倍増
 
藤田氏は73年生まれだが、同年生まれには、サイバーより一足先に東証マザーズに上場した、クレイフィッシュ(現・e-まちタウン)の創業社長だった松島庸氏がいる。ライブドア(オン・ザ・エッヂ)の創業者だった堀江貴文氏は1つ上の72年生まれだ。
 
少し下に目を転じれば、ミクシィ社長の笠原健治氏(75年生まれ)、はてな(京都市)社長の近藤淳也氏(76年)、グリー社長の田中良和氏(77年)など、いわゆる「ナナロク世代」がいる。
 
藤田氏が起業した90年代後半から2000年代の半ばまでは、日本でも若者の起業や、力のある若手起業家が目立った時期だったといえる。
 
ところが今は、これに続く世代が見えにくい。当然、ナナロク世代よりもさらに若い起業家もいるはずなのだが、塊としての存在感が薄いのだ。また若者の起業志向もしぼんでいるように見える。
 
日本生産性本部の「2009年度新入社員意識調査」によると、「今の会社に一生勤めようと思っている」とする回答が08年に比べ8.1ポイントも増え過去最高の55.2%となった。
 
この質問項目は、若者の起業志向そのものを聞いたものではないが、長年、新入社員に対して同じ質問を聞いているだけに、新入社員の気質の変化を測るには絶好のバロメーターになる。
 
「今の会社に一生勤めようと思っている」とする回答比率が、過去最も低かったのは2000年で20.5%。私が「力のある若手起業家」の存在を感じ始めたころと、時期的にほぼ一致している。
しかしそれ以降はほぼ一貫して「一生勤めようと思っている」が上昇し、09年度は半分を超えた。相当な勢いで新入社員の保守志向が進み、逆に起業志向は減退しているといえるだろう。


昨年の1.5倍、フランスで起業が増えている理由
 
若者の起業志向がしぼんだ理由はいくつか考えられる。理由の1つは、テクノロジーの動向。90年代後半のインターネット関連、2000年代前半の携帯ネットサービスのように、小資本のベンチャーでも参入が可能な分野が今はみつかりにくい。
 
2005年のライブドア事件以降、若手の起業家や新興企業に対する世間の目も厳しくなり、上場が難しくなったことも要因の1つだろう。さらに08年秋のリーマンショック以降の経済危機で、「何よりも職に就いていることが重要」という意識が、若者の間に広がったことも大きいかもしれない。
 
しかし経済危機だからといって、どの国の起業志向もしぼんでいるわけではない。
 
7月27日付の日本経済新聞朝刊によると、フランスでは現在、起業が急増しているのだという。09年前半の起業は27万社強で、通年では08年の32万7千件を50%強上回る50万社を超す勢いになりそう。社会保険料減免などの優遇策が効果を発揮したほか、厳しい雇用環境が影響しているとの見方もある。
 
仏経済は大企業中心で、もともと起業が盛んな米国より、日本の経済構造に近い。そのフランスでさえ、起業ブームが起こっているのだ。日本でも政策次第では、フランスのような起業数を増やすことも可能なはずだ。
 
だが今回の衆院選でも、マニフェストで起業や開業の増加に触れているのは民主党だけ。それも「中小企業の技術開発を促進する制度の導入など総合的な起業支援策を講じることによって、100万社起業を目指す」としただけで、具体的な方法には触れずじまいだ。
 
起業や開業の増加は、雇用の創出を通じて産業構造を転換させ、経済の中長期的な成長力を高める効果がある。にもかかわらず今の日本には、起業の勢いがしぼみ、さらにそれを変えようとする政治家もいない。これではあまりにも、さびしすぎるのではないか。


【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、大手新聞社に就職。主に企業関係の取材を担当。
現在は経済関係部署のデスク。

(2009・8・4)


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