第24回 「雇用調整助成金」の危険な側面

肌で感じた生産・輸出の落ち込み
 
この春、関東近辺の、ものづくりの中小企業を取材するようになって最初に驚いたのは、経営者や関係者のこんな言葉だった。
「いやあ、生産量や出荷額が前年比5割減なんてザラですよ。なかには9割減の会社もあるくらいです。だから今は4勤3休だけでなく、3勤4休、2勤5休なんて会社もたくさんありますよ」。

東京にいても、日本の製造業の現場で働く人たちの生の声を聞くことは、意外と少ない。
 
確かに各種の統計では、2008年9月のリーマンショック以降、日本の輸出や生産が激減していることを示してはいた。ただ製造業の惨状を身にしみて感じるようになったのは、こうした中小企業経営者の言葉をじかに聞いたり、機械の7~8割が稼働していない工場を自分の目で見るようになってからだ。
 
こうした製造業の状況に慣れてくると、また違ったことも気にかかるようになった。
 
製造業はそれ以前の需要が半減する"ハーフ・エコノミー"の状況に陥っている。しかしその割には、製造業の経営者も、地域の人たちも、追い詰められたような表情や必死さを感じないのはなぜだろうか――。
 
経営者は「大変だ、不景気だ」と言いつつも普通に生活している。街に雇用を失った人や浮浪者があふれているわけでもない。確かに不景気なのだが、人々も、街も、それなりに落ち着いているように見えるのだ。「100年に1度の危機」というのは、こんなものなのだろうか。


意外に緩い企業倒産・失業率
 
こうした製造業の惨状と、街の奇妙な安定感のギャップは、統計にも表れている。
 
鉱工業指数や日本銀行の短期経済観測(短観)の業況判断DIは昨年後半から今年にかけて記録的な落ち込みを示した。一方で、5月の企業倒産件数(東京商工リサーチ調べ)は前年同月比6.7%減の1203件。負債総額も1.8%減の5399億円で、2カ月連続減少した。中小製造業の倒産増加は続いているものの、各種生産統計やDIの落ち込みほどに、倒産は増えていないのだ。
 
完全失業率も4月は約5年ぶりに5%台に上昇したとはいえ、9.4%と約25年ぶりの水準にまで悪化した米国と比べれば、悪化テンポは相当に緩やかだ。
 
生産・輸出の落ち込みに比べて、悪化の程度が緩い企業倒産や失業率。このギャップを理解するカギの1つが、政府の「雇用調整助成金」(中小企業向けは「中小企業緊急雇用安定助成金」)の制度だ。
 
これらは企業が不況などで事業縮小を余儀なくされたとき、従業員を休業及び教育訓練、出向させることで雇用を維持した場合、国から賃金や教育訓練費に対する助成金が支給される制度。これまで条件が厳しく、事務手続きも煩雑で使い勝手がよくなかったが、2008年12月に支給要件を緩和して以降、申請企業が急増している。
 
3月の実施計画の申請件数は約4万8000事業所で、2月に比べ76%増と急拡大。2008年度合計では約9万4000事業所(前年度比148倍)、対象従業員数は約529万人(409倍)に達した。申請や事務手続きあるため2008年度に支給決定された対象者はまだ25万人強にとどまっているが、それでも前年度比22倍に増えた。
 
実際、中小企業などに取材するとこれら助成金の評判は悪くない。「仕事はよいときに比べて8~9割減ったが、正社員11人をなんとか切らずにいられるのは助成金のおかげ」と、群馬県太田市の中小歯車メーカーの社長は話す。
 
この会社の場合、1年前までの好調期に、将来を見越して4人の20代正社員を雇った。ようやく技術を身につけ出した社員の雇用を保つことができるのは、雇用調整助成金というわけだ。


制度を両刃の剣にしてはならない
 
しかし問題は、助成金の支給限度日数が「3年間で300日」で、限度が来るまでに、日本の輸出型製造業が数年前のような状況に復活する保証は全くない点だ。
 
助成金は、産業構造が大きく変わらず、一時的に景気が悪化した場合などには、確かに効果がある。助成金によって維持した雇用が、景気の回復局面で再び力を発揮するからだ。
 
だが今回のような大きな構造変化が伴う局面では、事業を維持する体力がなかったり、新しい分野に挑む力のない企業を生き残らせ、産業構造の転換を阻む可能性も高い。
 
不振企業の雇用を温存する助成金政策は、企業倒産や失業率の悪化を緩やかにする効果はあるとはいえ、その副作用も大きいのだ。
 
その中小歯車メーカーの場合、仕事があいた時間を利用して、これまでおろそかになっていた技術の習得や、下請け仕事ではできなかった新製品開発に充てていた。
 
助成金を適用されたすべての企業がこうした革新に挑んでいるのであれば、心配はいらない。だが現状はむしろ、「座して景気の回復を待つのみ」の会社が少なくはないことが気にかかる。

(2009・6・9)


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