第19回 カネをかけずに高齢者の体力を向上させた自治体の意外な方法

予算100万円で高齢者の健康増進はできるか
 
もし、あなたがある地方自治体の保健関連部署に勤めているとしよう。この自治体の住民は高齢者の割合が高く、介護保険の費用や医療費が増加傾向にある。そのため、あなたは上司から、高齢者住民の体力を高め、介護を必要とする人たちを少なくするような施策の立案を命じられた。

ただし今は自治体の財政も極めて厳しい時代。使える予算は人件費を除けば、年間100万円程度。この中で、あなたはどんな施策を考えたらいいだろうか。
 
例えば、100万円で高齢者用のトレーニング器具を購入することは可能だ。ただしこうした器具を1台購入したところで、それを使ってトレーニングできるのは、常時1人。代わる代わる使ったとしても、日常的に利用できるのは一握りの住民に過ぎない。
 
こんな難しい条件の中で、広い範囲で高齢者住民の着実な体力・筋力の増強に成功しているのが高知市だ。
 
JR高知駅から歩いて約10分の住宅街にある集合タイプの市営住宅の集会室。その日は、午後1時を過ぎると、市営住宅や近くに住む高齢者が集合室に、ひとり、二人と集まってきた。市営住宅の住民らが週に2回、自発的に行っている「いきいき百歳体操」に参加するためだ。
 
この日集まったのは15人。
「さあ始めましょう」という世話役を務める男性の掛け声で体操が始まった。イスに座ってインストラクターが手本を示すビデオを見ながら、まずは声を出しながら口を動かし始める。


かみかみ・いきいき、後はお茶
 
口の周りや舌を動かしたり、発声練習などをしたりすることで、食べる力や飲み込む力を強化・維持する「かみかみ百歳体操」だ。
 
かみかみ百歳体操が終わると、いよいよ「いきいき百歳体操」だ。まずはイスの上で準備運動。最初のうちはごく簡単な動きだが、途中から、重りの入ったバンドを腕や足に巻いた運動に移る。
 
重りをつけてからの体操は、単純ながら意外ときつそうだ。重りを手に巻き、イスからの立ち座りをゆっくりと10回繰り返す運動の後は、思わず参加者から「ふー」とため息がもれた。
 
約1時間のかみかみ・いきいき百歳体操が終わると、参加者の高齢者達は全員で場所を作り直し、お茶の時間が始まった。
 
この市営住宅はマンション形式で、独り暮らしの老人が多い。
「老人は放っておくと家の中に閉じこもりがち。百歳体操に定期的に参加すれば、筋力がつくだけでなく、楽しい茶飲み話の時間にもなる」と世話役の男性高齢者は話す。
 
ある70代後半の常連の女性は「百歳体操に出るようになってからひざの痛みがなくなり、こけにくくもなった」と嬉しそうに話す。


杖なしで歩けなかった96歳が小走りできた
 
高知市は独り暮らしの高齢者の割合が全国平均の約2倍。高知県内では大きな病院が高知市周辺に集中しているため、若いときは市外に住んでいても、高齢になると、病院に通うのが比較的楽な高知市に移り住む人も少なくない。
 
こんな状況の中で、高知市は高齢者の体力を高めて介護保険の対象にならないようにしたり、既に介護保険の対象になっている人は要介護度を改善したりすることが課題になっていた。
 
この解決のために、高知市が2002年、米国立老化医学研究所の手引を参考に開発したのが「いきいき百歳体操」だ。220グラムの小さな重りを入れることで10段階の調節が可能なベルトを手や足につけて、ゆっくりと手足を動かす運動を5種類繰り返す。最初はごく軽い重りから始め、筋力がついてくれば、1段階ずつ重りを増やしていく。
 
最初に小規模で実施した3カ月の試験プログラムでは、当初は杖なしでは歩けなかった96歳の女性が小走りできるようになるなど、確実に実績が上がった。認知症を予防する効果もあるという。
 
高知市が百歳体操を広げるためにとったのが、地域のコミュニティーを活用する手法だ。百歳体操は続ければ確実に筋力はつくが、やめてしまえばまた元の状態に戻ってしまう。


市内200ヵ所、85歳老人の1割以上が参加
 
市内の広い範囲で高齢者の筋力アップを図るには、1カ所だけでなく、さまざまの場所で体操を続けないと意味がないわけだ。かといって職員が各地で指導を続けられるほど、予算にも人にも余裕はない。
 
そこで高知市は「3カ月以上続ける、だれでも参加できる」ということを条件に、指導用のDVDやビデオ、重りのセットを地域の集会所などに貸し出し、インストラクターが最初の数回は指導するほか、それぞれの拠点で世話役を決め、高齢者住民が自発的に体操に取り組めるように工夫をした。
 
百歳体操は、筋力強化だけでなく、地域で孤独になりがちな老人を結びつけ、コミュニケーションを増やす効用もあった。こうしたこ効用が口コミで伝わり、百歳体操はじわじわと市内外に広がり始めた。
 
現在は高知市内の200カ所以上で定期的に体操が行われ、65歳以上の市民の約1割は体操に参加した経験がある計算になる。それでいて高知市が年間に使う費用はインストラクターの派遣費用など約100万円のみで、貸し出し用の重りを大量購入した年ですら、数百万円の予算で間に合った。
 
現段階では高知市の介護費用や医療費が減少するなどのマクロの経済効果は確認できていないが、アンケート調査などから見ると、個々の参加者は確実に効果が出ている。
 
多くの自治体は医療や介護の費用増に頭を悩ませている。だがアイデアと、地域住民の自発的な力をうまく組み合わせることで、少ない予算でもやりようがあることを、高知市の取り組みは教えてくれる。


【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、大手新聞社に就職。主に企業関係の取材を担当。
現在は経済関係部署のデスク。

(2009・3・24)


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