第16回 マンチェスター・ユナイテッドを率いる老将の「柔らかな頭」の意味

2005-06年は最悪の年だった
 
2008年末に日本で開催されたサッカーのクラブワールドカップで、エクアドルのリガ・デ・キトを1―0で破り、再び「世界一」の座についたイングランドのマンチェスター・ユナイテッド。このユナイテッドを監督として率いるのが、イギリス・スコットランド出身の"老将"アレックス・ファーガソンだ。

彼は1941年生まれの御年67歳。ユナイテッドの監督に就いたのは、23年前の1986年のことである。すさまじいプレッシャーにさらされ続けるサッカーの一流クラブの監督を、ファーガソンのように長きにわたって務める例はほかにない。
 
2007―08シーズンは、欧州チャンピオンズリーグ(CL)とイングランド・プレミアリーグの2冠を達成。続く今季もクラブワールドカップで優勝し、プレミアでも現在は首位を走るユナイテッド。このチームを率いるファーガソンに、ケチをつける人はほとんどいないだろう。だが少し前には、このファーガソンですら、マスコミや周囲から「そろそろ限界では」とささやかれていた時期がある。
 
2005―06シーズンの欧州CL。欧州各国からの32チームが4チームずつ8つのグループに分かれて戦うグループリーグの最終戦(05年12月7日)で、ユナイテッドはポルトガルのベンフィカに1-2で敗れ、最下位(4位)に沈んだ。
 
欧州のトップクラブかどうかを判断する1つの基準は、CLの本戦に出場する32チームに入れるかだ。さらにその32チームが超一流かどうかを判断する基準が、CLのグループリーグを勝ち抜きベスト16に残れるかどうかにある。
 
ユナイテッドは1998―99シーズンに優勝した後も毎年ベスト16に入り続けていたが、05―06シーズンには、ついにそこからも落ちてしまったのである。


ベッカムがいなくなり、C.ロナウドを育てた
 
そのベンフィカ戦を、私は日本で「スカパー!」の中継で見ていた。試合が終わると、解説者が「やはりあの人がいなくなってから、このチームは下り坂を歩むことになったのではないでしょうか」とつぶやいた。
 
「あの人」とは、ユナイテッドの生え抜きで、ファーガソンが育てたデビッド・ベッカムのことである。ベッカムは正確なクロスやフリーキックを武器に、1998―99シーズンに、ユナイテッドが欧州CLを制覇する原動力となった。
 
だがその後にファーガソンとベッカムの関係は次第にこじれ始め、ベッカムは2003―04シーズンには、スペインのレアル・マドリードに移籍してしまっていた。
 
代わりにポルトガルからやってきたクリスティアーノ・ロナウドはこの当時、まだ派手なフェイントを好む割にはチームにフィットしにくい、20歳になったばかりの若者に過ぎなかった。
 
自分の意に従わない中心選手を追い出し、代わりに大金をかけて獲得した若手は戦力になりきれず、チームの力も下降線をたどる――。こうしたチーム状況の中で、既に60代に入っていたファーガソンに対して、「限界」がささやかれるようになった。
 
どころがその若者(ロナウド)は次第にユナイテッドの「次なるキープレイヤー」に育っていく。さまざまなフェイントを駆使する高速ドリブルだけでなく、空中戦の能力も身につけ、さらに無回転フリーキックの名手にも育っていった。


常にチームのサッカーを変え続ける老将
 
ロナウドがウインガーとしては新記録となる42得点を挙げた2007―2008シーズン。ユナイテッドはプレミアリーグとともに、9シーズン振りに欧州CLを制すことになった。
 
長い目で見ると、ファーガソンはユナイテッドのサッカーを常に変え続けている。20年前はロングボール放り込む古典的なイングランドスタイルのチームだったという。
 
典型的な「10番」(ゲームメーカー)だったエリック・カントナの時代を経て、右サイドにベッカムが張るスタイルで98年の欧州CLを制した。その後はストライカーをルート・ファンニステルローイ1人だけという布陣にしたが大きな成功は収められず、やがてロナウドを中心に、特定のセンターフォワードを固定しない戦術の完成度を高め、昨季の大成功につなげた。そして今季もまた、新しい選手、布陣、戦術を試し続けている。
 
確かに2005年12月の時点では、ベッカムをレアルに放出したことはファーガソンの判断ミスに思えた。だがベッカムがその後もユナイテッドの中軸に居続けたとしたら、ユナイテッドに昨季のような大成功が再び巡ってきただろうか。
 
現代のトップクラブの監督の平均在籍期間は短い。プレミアリーグのチェルシーの監督として、2004―05シーズンからプレミアを3連覇したポルトガル人のジョゼ・モウリーニョ(現在はイタリアのインテルの監督)ですら、2007―08シーズン途中でチェルシーの監督を事実上、解任されている。監督を入れ替えることで、チームのスタイルや戦術を変えていくのが、現在のサッカー界のやり方だ。
 
その中でファーガソンは、自らの頭の中身を柔軟に変え続けることで、サッカー界の激しい変化に対応し続けている。
 
経営の世界でも一般に長期政権はマイナスの方が多いとされる。だがファーガソンのような「柔らかな頭」を持っていれば、長期政権でも「変わり続ける」ことが可能なのだ。

(2009・2・3)


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