第13回 この時期に賃上げ? 組合が要求する格差拡大

定番を選ばなければならない理由
 
街に、リクルートスーツ姿の大学生を見かける季節になった。私がときどき講義を受け持つ大学の講座でも、3年生がスーツを着てくるようになった。
 
久しぶりの講義があった12月上旬。その日に2社の会社説明会に参加したという3年生の男子の話を聞いた。

「説明会の出席者が驚くほど同じ服装をしているんですよね。服装が特に決められていない会でも、男ならば紺かグレーのスーツに、ストライプのネクタイがほとんどなんです」と、彼は嘆く。
 
そういう彼もやはり紺のスーツ姿だ。「ネクタイだけはストライプではないものにしてみました」とおどけると、話を横で聞いていた同級生から「おまえだって全く同じように見えるよ」と突っ込まれるていた。
 
日本で「リクルートスーツ」という言葉は1980年代に定着したものらしい。就職を控えた大学3、4年生が紺やグレーのスーツで身を固めてOBを訪問したり、会社説明会に出席したりするのは、そのくらい前から当然のこととなっている。
 
しかし昔は、それでももっと自由度があったような気がする。説明会にはくだけた格好の学生も結構いたし、百貨店の売り場などでも、今ほどお仕着せのものはなかった。
 
今やスーツだけでなく、シャツや鞄、靴に至るまで就職活動用の定番が並ぶ。スーツなどを提供するメーカーや店舗の思惑もあるだろうが、それ以上に学生側が「就職できるかどうか」を不安に感じているが故に冒険をしにくく、定番を選ばざるをえないようになっているのだろう。


去年売り手市場が、もう氷河期
 
今の大学3、4年生ほど、新卒採用状況の急速な悪化にさらされている年代も珍しい。90年代も就職氷河期が続いたが、悪化のスピードはこれほど速くはなかった。
 
日本経済新聞社が4月に実施した調査では、主要企業の2009年春の新卒採用者数は08年度比6.3%増と、6年連続で前年を上回っていた。ところが急速な景気の落ち込みで、09年春卒業予定者で内定を取り消される人が増え始めた。また企業は2010年の新卒採用を抑制。リクルートが12月に発表した2010年春の大学生・大学院生の新卒採用見通しでは、「減る」と回答した企業が15.7%と、「増える」の8.3%のほぼ2倍になった。
08年春まで続いた採用の拡大傾向が一変したことがわかる。しかもこの調査は10月時点。現状はさらに採用意欲が減退しているはずだ。新卒採用戦線の景色は、春先までの売り手市場から、再び就職氷河期へとがらりと変わってしまった。
 
15日に日本銀行が発表した企業短期経済観測調査(短観)では、大企業製造業の景況判断は前回調査の9月より21ポイント悪化し、石油危機時の1975年2月と並ぶ過去2番目の大きな下げ幅だった。米国発の金融危機をきっかけに始まった世界景気の悪化が、新卒採用の景色を変えた主因であることはいうまでもない。
 
だが景気の落ち込みの度合い以上に、新卒採用の冷え込み具合は大きくなりやすい。90年代のバブル経済崩壊や2000年以降のIT(情報技術)バブル崩壊を経たあとも、日本企業では正社員の削減には時間がかかる。
 
リストラといっても多くの企業は経営側と組合側とが話し合い、転籍や早期退職など比較的時間のかかる手段をとるからだ。
 
そのため結局、正社員の数の調整は、新卒採用を増やしたり抑えたりすることでしかできない。こうした新卒採用の大きすぎる揺れがある時は超就職氷河期を生み、若者の間の所得格差を生むことにもなった。


組合にワークシェアリングの発想はないのか
 
もう1つ、ここ数年で雇用の調整弁の役割を果たすようになったのが派遣社員、期間社員、パート、アルバイトなどの非正社員だ。大規模な生産調整に見舞われている自動車業界は、完成車メーカーだけで派遣や期間従業員など約1万4000人の非正社員を09年3月末までに削減する見通しだ。
 
電機や機械などの業界でも同様の動きが続く。従来の景気後退期には同様の規模のヒトを減らすのに数年はかかっていたことを考えると、この削減の速さは際だっている。
 
こんな状況の中で、「おや」と思ったのが09年の春季労使交渉に向けて連合や、電機連合などの主要労組がベースアップを求めたことだ。確かにここ数年の日本企業の業績改善と最近の物価上昇を考えれば、「これまで抑えてきた賃金を上げ、労働者の所得を引き上げよう」という論理は理解できなくもない。
 
だが今は未曽有の速さで景気が悪化し、新卒採用減や非正社員の雇い止めなどが止まらない時だ。こんなときに正社員の賃上げが通れば、非正社員の雇用にどんな悪影響が出るか、組合幹部にはわからないのだろうか。
 
政府が将来への産業強化につながるような雇用対策を強化すべきなのはもちろんだが、企業にいま求められるのは、正社員の賃上げ原資を非正社員の雇用確保に充てるというような「ワークシェアリング」の発想だ。組合が正社員の「賃上げ」にあくまでもこだわれば、非正社員や新規学卒者と、正社員の対立がこれまで以上に進むことになる。


【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、大手新聞社に就職。主に企業関係の取材を担当。
現在は経済関係部署のデスク。

(2008・12・16)


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