第10回 円高が、地方の産業政策を揺さぶるという現実

法人税収で潤う財政
 
最近、2006年3月の北九州空港の開港とともに就航したスターフライヤー(本社:北九州市)を初めて利用した。
 
乗ったのは、土曜日の夕方に羽田空港を発つ北九州空港行き。週末だというのにほぼ満席で、ほとんどがスーツ姿のビジネスマンだ。「会社関係の人がやけに多いな」というのが、座席に着いた時の第一印象だった。

北九州空港を降りると、知人の車で北九州の市内に向かい、また翌日は空港の近辺を案内してもらった。
 
新空港は九州本土から数キロ西に位置する海上空港で、北九州市と苅田町(かんだまち)にまたがる。本土への連絡橋を車で渡ると、すぐ左手にはトヨタ自動車九州(福岡県宮若市)の九州工場(苅田町)がある。町の南部には、1975年に九州としては初めて自動車の生産を始めた日産自動車の九州工場も広がる。
 
全国でトヨタも日産も工場を持つのは苅田町くらい。財政運営の自主性の大きさを表わす「財政力指数」は1.68(2007年)と福岡県内でトップだ。法人税収などに恵まれ、国が地方自治体の財源不足を補うために配分する「普通交付税」は75年以来、2008年まで34年連続で「不交付」を続けている。
 
空港を中心に少し範囲を広げれば、北米向けの大型車を中心に生産するトヨタ自動車九州の宮田工場(宮若市)や、ダイハツ九州の大分工場(中津市)もある。
 
1960年代、九州では石炭産業が斜陽化し、これからの雇用を支える基幹産業が必要になっていた。1965年、九州経済同友会は「自動車産業を戦略産業として九州に導入する」という「九州開発構想」まとめた。自動車は部品数が多いだけに、完成車工場の誘致による雇用創出や経済波及の効果は大きい。
 
九州の経済人は自動車会社巡りを始め、1973年には待望の日産による苅田町進出が決まった。それ以来、九州には自動車産業の集積が進み、今や九州の自動車産業は約3万8000人もの雇用を抱える。


好況を牽引した輸出企業
 
もちろん羽田―北九州路線には自動車産業以外の関係者もいるだろう。だが同路線にビジネスマンが多い背景には、ここ数年好調を続けてきた九州の自動車産業の存在がある。
 
東京と地方各地を結ぶ航空路線。その乗客数や客層には、各地域の産業構造や景況感が表れる。羽田―北九州線と対照的なのが、羽田―高知線だ。朝一番や最終の便を除けば、目立つのは観光客。乗客のスーツ比率は羽田―北九州線より、かなり低い。
 
その理由も、高知龍馬空港(南国市)周辺を巡ってみれば、なんとなくわかるはずだ。空港の周りに広がるのは田んぼ。隣には高知大学の農学部(同)があり、飼っている牛が、のんびりと草を食んでいる。
 
高知県の製造品出荷額は全国の下から2番目。今でも農地が多く残るのは、高知県が長年、農業重視の政策を続けてきたからだ。ある高知県の経営者は「空港の周りで牛が放牧されているのは高知くらい。もともと高知は山地が多く工場を建設可能な平野が限られるのに、空港近くの土地を有効に活用していない」と自嘲気味に語る。
 
自動車産業のような組立加工型の企業誘致については、もともと首都圏や関西圏からは遠いうえに、誘致政策では完全に出遅れた。電機・IT(情報技術)関係ではカシオ計算機などの工場があるが、自動車関連の工場はほとんどない。
 
2002年から始まった今回の景気回復。その回復を主導したのが、自動車や電機など輸出依存度の高い組立加工型の製造業だった。以前は「中央に遅れて回復する」といわれた地方景気も、組立加工型製造業の企業集積がどれだけあるかにより、明暗が分かれた。
 
地域ごとの雇用のバロメーターになる有効求人倍率で、自動車の一大生産地帯に変身した北九州地域は、今回の景気拡大期に1倍を超えることもあった。一方、高知県は0.5倍前後をうろうろするばかりで、一向に改善する気配がない。


円高に翻弄される地方財政
 
だが、この「組立加工型産業を誘致する」という、九州で大成功を収めた地方の産業政策も、2007年夏からのサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題をきっかけとして始まった円高で、大きく揺さぶられている。消費の急減速と円高によって、米国向けを中心とした輸出が大幅に減少しているからだ。例えば米調査会社オートデータがまとめた10月の米新車販売台数(速報値)は前年同月比で32%減と、25年ぶりの低水準に落ち込んでいる。
 
1985年のプラザ合意以後たびたび起こった円高は、増加する日本の貿易黒字が米国から問題にされ、その解消を目指したものだった。
 
一方今回の円高は、ここ数年続いていた、低金利の円を借入れて売り、金利の高い外国の通貨で運用し「利ざや」を稼ぐ「円キャリー取引」の解消が主因だ。世界金融危機による信用収縮で各国の金利が低下したことで、ヘッジファンドなどは日本の低金利を用いた投資手法をとれなくなり、日本から借りた資金を返すために各国通貨を売っている。
 
あらゆる通貨に対して円が買われているため、円はドルに対して以上に、ユーロなど他通貨に対して高い。世界中からモノを買いまくることで世界の消費を引っ張ってきた米国の実体経済変調も重なり、日本の輸出型産業は一転、危機に瀕している。
 
九州でも、北米向けが出荷の約3分の2を占めるトヨタ九州は8月から減産に踏み切り、派遣社員800人を削減。日産自動車の九州工場も11月から減産に入った。
 
長期的に見て、今回の円高は長く続く可能性が高いが、日本の経済構造はそれに耐えられるような体質にはほど遠い。輸出型製造業を誘致する以外に、地方が生き残る道はないのか。地方の悩みもまた、深くなっている。

(2008・11・11)


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