第32回 選挙に無視された「2009経済財政白書」が描く格差の真実

「格差」が叫ばれ始めたのは前の衆院選から
 
この夏の衆議院選挙の期間中、さまざまな候補者の主張を見聞きするなかで、気になることが多かったのが「非正規雇用」や「格差」に関する議論だ。

民主党を中心とした当時の野党候補の典型的な主張は「小泉純一郎政権(2001年4月~2006年9月)の規制緩和の行きすぎが、非正規雇用を増やし、格差社会をもたらした」というものだ。
 
確かに人々が、日本社会にも雇用や所得などの格差があることに気づき、それを問題にし始めたのは小泉政権の時代だった。
 
朝日、毎日、読売、日本経済という主要4新聞の記事データベースによると、「格差社会」という言葉を含む記事は10月5日までに4紙合計で4250本ある。
 
ただ2003年以前はわずか12本しかなく、日本社会のひずみを表す言葉として4紙が明確に用い始めたのは、2004年7月に朝日新聞が連載した「格差社会 
ゆがみの現場から」以降のこと。そして2005年9月の郵政選挙の前後から格差社会の記事も急増し、冒頭に挙げたような格差社会批判が広まるようになった。
 
だがこうした経済現象の「原因」と「結果」には、常にタイムラグがある。小泉政権時代に人々が気づいたのは確かとしても、それが即、小泉政権によるものと考えるのは論理的でない。
 
非正規雇用や格差の拡大と小泉改革との関連を考えるのに格好の材料を提供してくれるのが、内閣府が7月に発表した2009年版の経済財政白書だ。


実は小泉政権下では格差の進展は緩やかだった
 
日本の2009年1~3月平均の雇用者は約5086万人。このうち33.4%の1699万人が非正規雇用者だ。白書は、雇用者に占める非正規雇用者の比率(非正規比率)が1984年以来、最近まで一貫して上昇してきたことを示す。
 
俗説では、2004年3月に、人材派遣が製造業分野でも可能になった規制緩和を「格差社会の始まり」と見る向きが多い。
 
だが白書を読むと、非正規雇用の増加は小泉政権前から一貫して続いている傾向であることがわかる。そして白書は「(雇用の)非正規化は多様な就労ニーズの受け皿として機能した面がある」とも指摘している。
 
それでは「小泉改革が格差社会が拡大した」という批判は的を射たものなのか。
 
賃金や所得の格差を数量化して把握するための代表的な尺度として「ジニ係数」がある。所得が完全に平等な状態に比べ、現状の分配がどの程度偏っているかを示したもので、数値が1に近づくほど不平等度が高い。
 
白書によると、労働所得で計算したジニ係数は「1987年以降、緩やかではあるものの一貫して上昇している」。
 
もう1つの傾向は「97年から2002年にかけての急激な上昇に比べ、02年から07年にかけての上昇幅は比較的緩やかである」こと。ちょうど小泉政権のときの方が、格差社会の進展度合いはマイルドだったのだ。白書は緩やかになった理由を「景気回復が続くなかで、非正規雇用者の給与水準がある程度高まったため」と分析している。
 
こうやって検証していくと「小泉政権の規制緩和の行きすぎが非正規雇用を増やし、格差社会をもたらした」という批判は、きわめて表面的、情緒的なものだということが見えてくる。
 
白書でもう1つ興味深いのは、「むすび」で、「雇用の保護、所得再分配による格差是正が重要だ」という議論に対して、「景気後退によって失業が増加すれば、それを加味した賃金格差は拡大、貧困率は上昇する。したがって『景気の回復は最大の格差対策である』」と主張している点だ。
 
また「雇用保護規制の厳しい国ほど、平均失業期間が長くなる傾向がある」ことも指摘し、派遣法の改正などによる規制強化には、疑問を投げかけている。


民主党マニフェストは長期的成長を阻害するのか?
 
残念ながら白書が公表された7月末は、既に実質的な選挙戦に入っており、白書の分析をもとに、与野党の間で非正規雇用や格差の拡大の原因について、論理的、建設的な議論が交わされることはなかった。
 
むしろ民主党など当時の野党だけでなく、自民党の中でも、冒頭で挙げたような格差社会論を情緒的に展開する候補者が多かった。
 
「現在の自民党は小泉政権の延長線上にあるのか、そうでないのか」。有権者から見てこうした基本的なことすらはっきりしないことが、自民党の歴史的な大敗につながった一因だ。
 
選挙で大勝した民主党は新政権発足後、早速マニフェスト(政権公約)で約束した製造業派遣の禁止、最低賃金の引き上げなど、雇用分野での規制強化に乗り出した。だがこうした方策は白書も暗に指摘するように、長期的な成長を阻害し、失業を増やす可能性が高い。
 
10月1日には、日経平均株価が約2カ月振りに1万円を割り込んだ。日経新聞が4日に掲載した「社長100人アンケート」では、国内景気が本格回復する前に再び下降する「二番底」を警戒する経営者が、全体の38%もいることが明らかになった。
 
日本経済の復活、さらに格差拡大に歯止めをかけるには何が必要なのか。そのことを冷静に考えるには、まず経済財政白書を読むことから始めないといけない。


【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、大手新聞社に就職。主に企業関係の取材を担当。
現在は経済関係部署のデスク。

(2009・10・6)


トップページ -> 地方経済の視点 -> 第32回 選挙に無視された「2009経済財政白書」が描く格差の真実