【番外編・6】震災にまつわる情報の話

ネットで大震災情報を得る初めての経験

今度の震災ではいろいろな思いを持ちました。それはだれとて同じです。私は活字情報に携わるものの一人として、今回のように情報が入り乱れるケースは始めての経験です。阪神淡路大震災のときはまだインターネットは普及していませんでした。9.11のときはアメリカの国の話でした。

今回の震災は、情報をどう読むかという点においても初めてわれわれが直面していることです。ゆえに混乱が生じています。インターネットに接続して情報を得ようとしている人たちは、その混乱の渦中にいます。

インターネットだけでも、情報にはさまざまな種類があります。既存のマスコミが発する情報、政府が発表する情報、地方自治体が発する情報、ボランティア団体が発する情報、東京電力が発する情報、学者が発する情報、専門機関が発する情報、そして数多のブログ、2ちゃんねる......。

その他の情報として新聞、テレビ、ラジオ、雑誌などなど、巷に溢れているわけです。

一言でいえば、どの情報も整理されておらず、どの情報もどこまで信頼でき、どこまで信じられないかが不明です。情報とは本来そういうものかも知れませんが、今まではその整理役を既存のマスコミが担ってきました。

今回際立っているのは、マスコミが発する情報に、情報感度のいい人ほど目を向けていないという事実です。


マスコミを信じられない状況

例えば原発の問題です。

テレビで安全だといえばいうほど信じていない人が増えていくように思います。そりゃそうでしょう。朝のテレビを見ていると、いきなり専門家と称される学者が出てきて、「こんな危険はないか」という問いに、一様にきっぱりと「安全です」という言葉を繰り返しているのですから。よく聞いていると、その説明に「今直ちに心配はない」というような表現があるので、見ている人は、「では、半年後は、1年後はどうなんだ」という思いを抱く構図があるからです。

ちょっと訳知りの人なら、あの人は元原子力委員会の○○とか、あの学者は研究費の補助を○○から受けている人だとか、といった裏を読むでしょう。そんなことを知らない人でも、なんか胡散臭そうと思ってしまう――これは人間の習性です。

また、キャスターの態度を見ていても、話が「プルトニウム」とか、東電批判に近付くと、さらりと話を切り替えます。すると訳知りの人は、「東電から圧力がかかっているな」とか、「そういえばコマーシャルを見飽きたAC(旧公共広告機構)の理事には9電力のうち7つの電力会社の役員が入っているな」と細かなことまで考えてしまうのです。

訳知りの人(その多くに学者や専門的な技術者がいます)のブログを読むと、説得力がそれなりにあるが故に、不安は助長されます。いたずらに政府や東電を批判するものばかりではないのが、説得力を持ちます。


渦巻く陰謀論の真実

不安を助長するようなブログも数多くあります。陰謀論はその代表です。

地震兵器によって人工的に起こされたものだ、というのはその典型かも知れません。

東京湾でこのところ立て続けに起こった地震はどれも経度と緯度が一緒の同一地点で起きているという情報があります。富士山近辺で最近起きた地震は富士山を取り囲むように4つのポイントで起きているという情報もあります。

著名なハリウッドの映画監督の死の前に行なわれたインタビューにはニック・ロックフェラー(彼もまた死にました)が9.11の秘密を自分にこういっていた、と一部のエリートが世界を牛耳るその構造を赤裸々に語っています。こういう映像は迫力があります。新型インフルエンザもまたこうした人たちのなせる技だと何人かのアメリカ人が映像で証言をしています。リビアのカダフィ大佐はそれを国連総会で発言し、一笑に付されました。

こうした、情報が事実であるのかどうかは分かりません。信じるも信じないも、それぞれの判断を待つというわけです。それしか方法はありません。

情報の中にはウソもいっぱいあります。人を貶めるような発言もあります。よくも悪くもわれわれはこうした情報と常に対峙していかなければなりません。そして自分の感性で判断するしかないのです。それを誰かに委ねるのはもちろん一つの方法ですが、このような震災という大きな混乱期に自分自身が生きていくためには危ないことといえるのではないでしょうか。


日本の国が変わる

情報は現実の一部ですが、現実そのものではありません。現実に目を向ける方がよほど健全です。今回のように多くの被災者がいて、復興をしなければならない町や村が数多くある場合はなおさらです。自分が被災していたなら、おそらく生き抜いていくために必死で行動しているでしょう。福島に住む70歳を超えたある知人はこういいました。
「それでも満州から引き上げて来たときよりはましさ。あのときはロシア人が食べ残して地面に落ちていたパンの耳を食べたからなぁ」と。
「人はパンのみにて生くるに非ず」は確かですが、その前にパンを得るために働いているのです。今を必死で生き抜くために「生き甲斐」という言葉は空虚です。

これから新しい日本の枠組みが出来てくるでしょう。原子力発電はもういらないとおそらく多くの人たちが声を上げるでしょう。福島の原発の周囲は人が住める状態には戻らないでしょう。町ごと、村ごと移転するところも出てきます。

今週の『週刊東洋経済』に書かれているように、国債が暴落したとたんに世界が変わります。リミットは2014年。それがこの震災で早まる可能性が大きいというのです。それより何より原発が何らかの形で大量の高濃度の放射線を拡散させたら、東京も住めなくなるかも知れません。

でも、われわれは死ぬわけにはいかないし、活力を持って生きていかなければならないのです。

情報は大切ですが、その情報に惑わされることなく生きぬいていかねばなりません。

(2011・3・30)


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