【第6回】米国子会社から出発、気象情報会社「ウェザーニュース」のあっという間に世界一

株式会社ウェザーニューズ

会長も社長もオープンスペースで議論を戦わせる
 
トップから社員までこれだけ本音でいろいろなことが言い合える会社も珍しい、と思わせるのが、世界一の気象情報会社、(株)ウェザーニューズである。

なにせ、フロアのところどころにあるオープンの会議スペースでは常に侃々諤々の議論がなされている。ふと見ると、そこに会長の石橋博良の姿も見える。一緒になって口角泡を飛ばしているのである。普通の会社ではあまり見かけないような光景に思わず興味を引かれる。 この雰囲気を作り出したのは、もちろん創業者で会長の石橋であり、それを継承している現社長の草開千仁でもある。
 
では、(株)ウェザーニューズとはどんな会社か。 ひと言で言えば、世界で最大の気象情報会社である。同社の設立は21年前の1986年に遡る。当時はどんな時代だったか――インターネットはおろか、パソコンがまだ一部のマニアのものであった頃の話だ。そのころ、誰が、天気予報が商売になるなどと考えただろうか。しかし現在、気象市場は6000億円市場とも1兆円市場とも言われており、その中で世界最大の気象予報会社は日本の(株)ウェザーニューズなのである。
 
その会社が実にオープンな社会だというのは興味深い。もちろんこれには語りつくせないほどの背景があるのだが......。


「顧客本位で気象情報を提供する」がきっかけで独立
 
そもそも21年前に石橋が気象情報の事業に入った経緯からして劇的だ。当時、総合商社の一つであった安宅産業で石橋は木材ビジネスに従事していた。
 
そこで、石橋の将来を決める事件が起こった。 それは米国から輸入する木材の積荷を、当初は大阪港で荷揚げする予定だったのを石橋が小名浜港に入れる指示を出したことから始まった。大阪港は荷役状況が混み合っており、荷揚げまで10日近く要したので、石橋の判断で小名浜に回したのだ。ところが、そこで爆弾低気圧が発生し、船は沈没、15人が死亡する大惨事となったのである。
 
石橋は責任を感じ、米国の気象情報会社オーシャンルーツ社へと移る。日本支社に勤務した後、2年後に副社長として米国で勤務。その後、日本支社長になって戻った。
 
日本でビジネスをしていると、気象に関する幅広いニーズが存在することが分かってきた。ある企業は、陸揚げした積荷を倉庫に運ぶ際の天気を調べられないかと、石橋に聞いてきた。また、噂を聞きつけた旧後楽園球場がピンポイントの天気予報を聞いてきたこともあった。
 
気象予報のニーズはもっと大きい。そう判断した石橋は親会社に業務の拡大を申し出る。だが、親会社はそんな事業は認めない。それじゃあ顧客のためにならないと、石橋は独立したというわけだ。ちなみに、現社長の草開千仁はその当時の新入社員である。
 
その後の成長は、数字がよく表している。1994年度の売上と現在とを比較すると明らかで、94年5月期の48億7700万円に対して07年5月期は112億4400万円と2.3倍。その間、2000年にはナスダックジャパン(現ヘラクレス)に上場し、僅か3年後の03年には東証1部に指定変えとなっている。


気象庁の建前に対抗したから成長した
 
日本の気象ビジネスは1994年の気象業務法の改正によって発展したといっても過言ではない。といってもピンとこないかもしれないが、その時から民間独自の天気予報が認められ、気象予報士が誕生したのだ。それまでは気象庁が「晴れ」と言えば、民間で雨と予測していても、予報は晴れとしか言えなかった。それが建前であり、顧客本位の本音で勝負する同社とは合わない。だから、同社の歴史は気象庁との綱引きの歴史と言ってもいいかもしれない。
 
例えばこんな話がある。現社長の草開が入社した時は社長が海洋気象を専門的にやっていたので、草開は航空気象を担当した。ところがこれには難敵があった。気象庁である。飛行機には気象情報の取得が法的に義務付けられている。だから、飛行場には、気象予報官がいて情報を常に提供しているのだ。つまり民間の一企業が入り込む余地はない。
 
そのため、桶川という予報官のいない場所にある本田航空が顧客第一号になった。そこでしぶとく事業展開をしていったのだ。しかし、日本航空の御巣鷹山の事故から潮目が変わった。各航空会社が気象庁の情報以外にもっと精密な情報を欲し出したのだ。
「気象庁の予報は一言で言えば、その場所の何時ごろの天気はどうなっているという情報だけです。我々はそれをもっと細かく、航空会社別に、もっと言えばパイロット別に提供した」と草開は言う。その情報で、降りられるか他所へ行くかが決まる。多大なロス発生を防ぐこともできるのだ。
 
同社がどれほど、顧客本位で、しかも本音で事業を進めていったかが窺えるというものだ。このような地道な開拓があり、同社は業績を伸ばしていったわけである。


北極海を通る最短航路の開発も視野
 
草開によると、21年の同社の歴史は10年ごとの3期に分けられると言う。
「最初の10年は、どんなことでもやってみようという時期だった。ウェザーニューズの可能性を広げる意味があった」と草開は述懐する。「第2期は健全性を保ちつつ、成長するためにはどういうサービスがあるべきかを考えた時期」という。
 
この時期には試行錯誤も多くあった。例えば、一時期システムごと顧客先にサービスを提供するため、ソフトウェアやシステム構築に力を入れたことがある。しかし、結果としては技術者を多く抱えなければならない。
「すると、システム業なのか気象のコンテンツ会社なのか分からなくなる(草開)」ので、こうした分野からは撤退をした。
 
そこで行き着いたのがトールゲイト(料金所)型ビジネスモデルだった。料金所を作り、そこを通過する人からお金を貰う。
例えば飛行機向けのサービスコンテンツを作れば、契約した航空会社が増えるごとに収益が増大するということだ。同社は、これを30の市場で展開している。つまり30のサービスコンテンツ(トールゲイト)を作り、それぞれの顧客を増やす戦略だ。
そしてそのビジネスを海外に広げたのである。
 
同社の海外展開を鳥瞰してみると、積極的なグローバル化戦略が見て取れる。創立2年後の1988年にはアメリカ法人を設立しているし、その5年後には親会社であったオーシャンルーツ社を買収しているのだ。
 
ナスダックジャパン(現ヘラクレス)に上場した2000年以降、同社はオランダ、ドイツ、中国、イタリア、スペイン、フランス、イギリスなどに次々と現地法人や営業拠点を設立していっている。
 
ところがである。創立20周年を迎えた昨期、つまり第3期のスタートの年にこの海外拠点のリストラを敢行した。
「アメリカが典型ですが、経営を現地の人間に任せた。すると、彼らは地道に30の市場開拓をやるのではなく、うまい話があるとそちらになびく。そして失敗する。社員は条件のいい会社があるとすぐ移っていく。これではダメだということで見直したわけです(草開)」
 
その見直しも終わり、具体的なアクションに入る。
 
例えば、北極海を通る最適航路情報の開発。氷が溶け始めた北極海ルートは航路を半分の距離にしてしまう。まさに気象予報のなせる技である。

(2008・1・15)


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