【第56回】定年後創業した会社を急成長させる社長の根幹は「人本主義」

株式会社高齢社

7年で7倍強の成長を実現

「今面接待ちが100人います」

そうニコニコしながら会長で創業者の上田研二は語り始めた。
「だって登録しておいて仕事がないとすれば、それは人材派遣会社といっても詐欺でしょう」

だからうちは実質主義で仕事分しか登録しないと暗にいっているのだろう。

ユニークな会社というのは世の中に山ほどあるが、時代にあったユニークな会社といえば、ここではないか。それが株式会社高齢社である。名は体を表す。文字通り高齢者の人材派遣をやっている会社で、派遣に登録出来るのは60歳以上、75歳未満の人。それまでに登録しておけば、80歳になっても働ける。社員も全員60歳以上だ。現在400人ほどが登録している。派遣社員は2人1組の交代制になっているので、急な用事や体調の不良などにも対応できるようになっている。これも高齢者専用らしい取り組みだ。

業績はすこぶる付きの好調さで、今年の4~7月の3ヵ月だけをとっても売上高は対前年比で39.5%の伸びを示している。

業は2000年。2002年度の売上げは4382万円だったが、2009年度は3億1900万円。この7年で7倍強の成長を示している。

遣業務の内容は当初は上田の出身元である東京ガスの業務が多く、内容もガスメーターの閉栓業務が多かった。そのため、登録者もOBが60%以上を占めていたが、現在は50種類もの業務に広がり、OBの比率も落ちている。


人の嫌がるときに普通の料金で引き受ける

なぜ、これほどに伸びているのか。一つは休日の対応である。実は派遣業務というのは土日のニーズが高い。これに積極的に応えることによって、業績を伸ばしてきたのだ。

例えば、ガスの閉栓業務やショールームの常駐などは土日が一番必要とされている。社員は土日に出たくないからだ。そこで高齢社では土日の業務を積極的に引き受け、しかも、他の会社では当たり前のように付加する休日割り増し料金を取らないようにしているのだ。人の嫌がるときに普通の料金で引き受けるのだから仕事が来ないわけがない。

こうした対応が気に入られ、今では他の分野にまで業務が広がった。ある大手電機メーカーでは修理マンに同行するのが仕事である。助手席に座り、一緒に現地に行き、修理マンが作業をしている間待っているのだ。また、ハウスメーカー系列の管理会社では賃貸物件の引っ越し後のリフォームを品質チェックして回るという仕事を引き受けている。どれも「なるほど、そんな仕事が合ったのか」と思わせるような仕事だが、ニーズはどこにでもあるものだとつくづく思わせられる。
「情報とは情けある報せと書くでしょ」そういって、にんまりと上田は微笑むのだ。なるほど情報は思わぬところにあるものだ。


子会社や協力会社を次々再建して「再建屋」の異名も

10年ほど前、これからの高齢化社会を見越して高齢者をどう社会のなかで活用していくかということが議論になったことがある。そのとき真っ先にいわれたのが高齢者の転職や人材派遣という業務だった。経験のあるベテランをまだ若い企業に送り込む。それによってノウハウを得ることができるし、当の高齢者も働きがいが出る。一挙両得だから絶対受けると。

しかし、そんなビジネスが現実に立ち上がり成功したという例は残念ながら聞いたことがなかった。いや、実際にはいくつも成功例はあるのかも知れない。しかし、高齢社のような例を目の当たりにしたのは初めてだった。

その違いは何だったのか。

実は、上田はガスターという東京ガスの子会社の専務取締役営業本部長として出向していたことがある。91年、上田が53歳のときの話だ。当時ガスターは経営不振に陥り、18億円もの赤字を計上していた。赤字になると増減資を行なっていた。本社から行った役員など冷ややかな目で見られるのが常である。
「転籍なら行ってもいい」と答えたが、それは適わなかった。そこでコミュニケーションを取って、プロパーの人たちの気持ちをつかもうと努力し、ひたすら拠点を回った。
「当時情報が上に上がってこない状況だったので、私のところにきたら、1週間以内で返事すると約束した(上田)」こともありコミュニケーションは大幅に改善されていった。

結局、赤字は翌92年期には4億6500万円に縮小し、93年には黒字化、94年には累損を一掃し、96年には13億円の利益を計上するまでになった。上田はこれにより「再建屋」の異名を得ることになる。

ところが、その再建屋にまたもそのお鉢が回ってきた。今度はガスターの協力会社である東京器工に、社長で、ガスターの役員兼務のまま行ってくれという話だった。当時、6億円の赤字で12億円の借入金があった。結局兼務は断り、社長として同社に行き、まず「リストラをしない」と宣言して、社員の心をつかんだ。社員一人ひとりとじっくりと話をして、利益の還元を約束し、公平でオープンな人事体制を敷いた。上田ならではの経営でこの会社も黒字に転換した。


時代に逆行しているようでも先を見て経営

上田の経営の根幹にあるのは、人本主義である。お客がいて株主がいて社員がいて協力企業がいると、社員と協力企業を大切にする。

こんなエピソードがある。

あるクライアントから9:30~5:30で仕事を頼まれた。ところが上田は派遣社員に9:00~5:30といってしまっていたのだ。それが判明したのは半年後。つまり30分よけいに働いてもらったのにクライアントからはその30分ぶんを貰えない。しかし、上田は即断即決、その30分ぶんを上乗せして派遣社員に払った。

とにかく社員を大事にする一つの例だろう。

ところで派遣のニーズが激減したのが08年のリーマンショック以降である。当時は社会問題にすらなった。そのとき同社は影響を受けなかったのか。
「業務が切られていき、毎月売上げが落ちて急激に苦しくなりました。年度の売上げこそ対前年で伸びていましたが、09年の7~9月は前年割れの実績となりました」と上田は当時を振り返るが、そのとき取った一手が面白い。
「営業マンを増やせ」と号令をかけたのだ。結局2人増やし、今年もう一人さらに増やす。なぜ、時代に逆行するようなことを行なったのか。
「競合が増えているし、そもそもまだ伸びる市場なんです。だから、手を打った(上田)」わけだ。そのために自分の給料は減らし、社員には経常利益の30%を渡すべく予算を組んだ。

上田は今年の2月に社長を退き会長になった。しかし相変わらず意気軒昂である。

(2010・11・25)


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