【第55回・後編】やり方よりも在り方を追求する進学塾の京都的生き方

成基コミュニティグループ

偏差値の低い子どもがキャンプで体験するピンチ

本当の教育とは何か――。佐々木が父親の突然の死によって、それまで務めていた大手情報出版会社を辞め、成基に戻ってきたときに考えたのは、そのことだった。

そこにはさまざまな葛藤があった。親にアンケートをとると、本心は別にあっても子どもを追い込むような言葉を発していたり、子どもはといえば親や先生にいわれるままに偏差値の高い学校を目指していたり、とてもそれがいい道だとは思えなかったのだ。

それは佐々木自身が社会に出て経験し、学んだことでもあった。

本当の教育とは何か。そんな模索のなかから生まれたのが、子どもたちをキャンプに連れて行くということだったわけだ。

最初は職員も親も大反対だったから、第一回目のキャンプは、ほとんど佐々木独りの企画であり、実行だった。

では、子どもたちは何を学んだのか。例えば家にいるときは暗くなれば電気をつける。しかし、そんな当たり前のことが自然のなかではそうではないと分かる。家にいれば何でもあったが、ここには何もない。ないことを知り、あることのありがたさを学ぶというわけだ。

とりわけ偏差値の低い子どもにはそれが顕著に現れる。

なんにもない場所で、子どもたちは今までで一番のピンチを迎える。しかし、何でも自分たちでやっていかなければならないことから、今までで一番といっていいほど人に認められる。親に手紙を書かせ、親からも手紙をもらう。そういう過程で、自分はこんなもんだと思い込んでいたトラウマから徐々に開放させられていく。そして少しずつ自信が芽生えてくる。

その自信が、前回に書いたように、帰ってきたときの親への元気な挨拶となって現れるし、それが結果として「偏差値25~35くらいの子どもの半数以上が関関同立クラスに進学する」という実績にもつながるのである。


脱落した子をどうやって救うのかを考えた末の結論

八九年に始めた個別指導(ゴールフリー)も同じような目的からだ。
「一斉指導の塾で難関校を目指す百人がいたとすると一年で半分以上は脱落します。そうすると、親は『やっぱりお前はダメだ』とか『そんなんだったら、止めなさい』などという。子どもたちの多くも〈自分はチャレンジしたけれど挫折した〉と思い、挫折することで〈自分はこんなもんだ〉と思う。そんな風に子どもがなるのならそれは子どもに申し訳ない」

だから、なんとかしたいという気持ちが、個別指導という新しい指導を生み出したのである。
「個別指導で預かった子のなかには、五段階の一や二の子がいる。そんな子は目的もない。将来の夢を聞くと『別に』と答える。何のために勉強するのか、その達成のためにどうすればいいか、いまとのギャップを埋めるためにこちらも必死で考える」(佐々木)

だから、「個別指導をやり始めて多くの塾が見学に訪れた(佐々木)」という結果になっているのだ。

国家や会社が守ってくれる時代ではなくなった。グローバルスタンダードのなかで生き抜いていくためには、個として自立していないと通用しない時代である。
「昔は指示命令系統がはっきりし、それに従うということがよしとされたが、いまはそうではない」(佐々木)

だからそうではない仕組みを作ったと佐々木はいいたいのだろう。
「それぞれの発達段階に合わせたプログラムを作っています。幼児なら楽しく遊びながら学ぶ(佐々木)」

教育に携わるものなら、だれでもこれくらいのことはいえると思われがちだが、進学塾でそれをきっちり実践しているところはそれほど多くない。その意味で成基の採る教育方針は間違っていないし、それゆえの発展なのだろう。


「在り方」を教えることにある京都的な企業らしさ

あるとき、佐々木はPTAの会長や校長ら500人ほどを相手に講演をしたことがあるそうだ。そのときの逸話がドキッとするほど面白い。

参加者にまず白紙の紙を配り、子どもに対して遺言を書いてくれといった。その後で、もう1枚紙を配り、今度はいつも自分の子どもにいっていることを書いてくれといったという。遺言にはみな一様に「優しい人になってほしい」「家族のために」などという言葉が集まり、もう一つは小言に満ちていたのだそうだ。
「遺言が子どもの追求すべき究極の幸せ(佐々木)」だが、現実にはそうはなっていない。こうした「気付き」を親にも子にも与えることができるのが佐々木の真骨頂なのだろう。やり方だけを学んでいっても幸せになれないという当たり前のことをきちっと教え実践しているからこその成基の成長なのである。

佐々木は、京都的な企業のあり方にも言及している。

そもそも京都で「尊敬される企業」とは何か。
「お茶や、お花、宗教など京都に縁の深いものはみんな在り方の世界。決してやり方の世界ではない」と佐々木は明言する。受験というやり方を教えることで、在り方を知るという自身の塾経営にもそれが表れているし、おそらくそうではない企業は京都では尊敬されないといいたいのだろう。

経営の観点で見ても、父親が創立し、一代で有名な進学塾にしたその成基を、佐々木が独自性の高い教育を付加することによって、より経営の幅を広げたともいえる。何より、前期の売上げが六八億円で経常利益が三億五〇〇〇万円という実績が、経営の成果を物語っている。

(2011・2・16)


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