【第55回・前編】京都発・超ユニーク学習塾の卒業生は現職大臣

成基コミュニティグループ

偏差値25~30の子どもが急成長

京都に超有名な塾がある。成基学園(成基コミュニティグループ、以下成基)の名で知られるこの塾の卒業生には、今をときめく大臣の名がある。京都2区選出の衆議院議員前原誠司国交相だ。他に京都選挙区選出の松井孝治参議院議員やその他議員の名も。

この成基は2年後の2012年には創立50周年を迎える老舗で、幼児教育から中学、高校、大学受験、親のコーチング教育まで幅広い活動を行なっている。社員数は310人だが、他にメンター290人、コーチ1200人と総計1800人の大所帯である。石川県能登半島には能登島キッズランドという実験や天文などの学習室、農園、広場、球技場まで擁した自然体験学習施設を持つ。総面積4万坪、常時200人が宿泊できる大規模な施設である。それも22年前の1988年から行なっているというから相当に先進的と言えよう。また、その翌年の89年には、当時では珍しかった個別指導を始めてもいる。
 
この塾の先進性を一言で語るのは難しいが、例えばこの能登のキッズランドに偏差値25~30の子どもを連れて行くという。1000人中900番以下の子どもたちだ。出かける際には駅で親に挨拶をするのだが、ほとんどの子が声もでない。ところが、4日後に帰ってきたときにはみんな元気で溌剌として、大きな声で挨拶をするようになって帰ってくるのだという。もちろんその姿を見た親の感激ぶりは大変なものである。何よりその半数以上が関関同立クラスに進学するのだというから大変なことだ。
 
なぜそうなるかは後に譲るとして、いわゆる普通の進学塾とは異なる、塾の概念を超えた塾といっても過言ではないだろう。


父親の塾を継ぎたくなかった息子の思い
 
この大きなグループを率いているのが代表の佐々木喜一である。佐々木は実は2代目だ。2代目というとどこかひ弱なイメージがつきまとうものだが、佐々木にはそのようなイメージなど微塵もないし、そもそもこの「塾の概念を超えた」さまざまな活動は、佐々木が社長に就任してからのことである。
 
成基は1962年、佐々木の父雅一によって創業された(創業当時はあすなろ学園)。その父は瞬く間に同社を有名塾へと押し上げた。そしてその働きぶりは凄まじいものだった。
「5つあった教室から、夜に日報が届くんです。それを毎夜11時から夜中の2時頃まで400冊のノートに赤ペンで指示を出していく。それを見ていると僕は継ぎたくないと思った」と佐々木は回顧する。
 
ひたすら努力して、率先垂範型ですべて自分が指示を出しヒエラルキーを形成する姿は、少年の佐々木には面白くなさそうに映ったのだ。
 
佐々木は大学を出ると大手銀行系のカード会社に就職をした。会社での成績はよかったが明らかに自分とは違う周りのパフォーマンスに飽き足らず、わずか1年半で辞表を出す。そして実家を継ぐことになるのだが、そこで大きな壁にぶち当たった。


初めて人を殴ったときの相手
 
次々と改革案を実行しようとし、父親と衝突することになったのだ。
「当時の社員の平均在職年数は2年で、誰もがイエスマンでした。社員250人中半分が女性、男性の9割は元校長先生で、仕事は『やったふり』でした。僕はアイディアを100個くらい持っていたから。でも父にしてみれば『何じゃこいつ、こんなことをしやがって』だったんでしょうね(佐々木)」
 
このとき初めて人を殴った。その相手は父だった。すぐさま辞表を出し、独り当てもなく生活を始めた。40社以上会社訪問した後、大手情報出版会社に就職し、2年が過ぎたところで父親が急逝した。
 
その時の佐々木の複雑な心境は推し量るべくもない。佐々木は自分のブログに当時のことを<あれほど受け入れられない父だったのに、動かない父を目の前にし、初めて私の中に嘘偽りのない感謝と謝罪の気持ちが込み上げてきた>と書いている。
 
そして佐々木が成基を継ぐ。
「最初にやったことは、まず経営方針と事業計画の策定です。そして子どもを連れてキャンプに行きました(佐々木)」


親が抱いていた感情の真実
 
このキャンプは父母の猛烈な反対にあった。それでも佐々木は実行した。
 
それはなぜか?
「大手銀行系のカード会社には有名大学卒の人間が片道切符で出向していました。地銀を訪問するとそこの支店長が居酒屋に連れて行ってくれ『自分は高卒だが、息子が大学を出るまで働かねば』と聞かされました。大手銀行に入り片道切符を貰うような人間を大量生産しているんじゃないか? という疑問を持ったんですね。受験していい大学に入ればエリートかというと明らかに違うわけです」と佐々木はその動機を語る。
 
当時親たちに交流分析のセミナーを受けさせた。すると、親が子供に言っていることはつきつめると「お前なんか死んでしまえ」というようなことだった。本心でそう思っていなくとも、結果としてそういうことを言っていたのだ。
 
一方子どもたちにアンケートをとると1000人中5人が「勉強が好き」と答えてきた。
「でも、本当に好きなのはそのうちの3人。多くはいい学校に入るのは将来のためと答え、学校の選択は親がいいと言ったとか偏差値が自分に合っているからという答えでした(佐々木)」
 
そこでキャンプを実行したわけで、それが冒頭の偏差値25~35くらいの子どもたちの半数以上が関関同立クラスに進学するという実績につながるのだ。(次回に続く)

(2010・9・1)


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