【第44回】パソコンの全トラブルに訪問サービスで対応する企業の急成長の理由

日本PCサービス株式会社

あってほしいコンシェルジェサ―ビスを実現した
 
パソコンのトラブルほど厄介なものはない。ある程度パソコンに精通している人でも予期せぬトラブルにはなすすべもない。例えばいきなりフリーズしても、それがウィルスによるものなのか、単にメモリーを使いすぎているからなのか、原因が分からないものがほとんどだからだ。挙句、メーカーのサービスセンターに電話しても、音声ガイダンスによって案内されると、それだけで不安に陥ってしまう。
「もっと簡単に、すぐ対応してくれるサービスはないのか!」と声を大にして叫びたくなるのはもっともなことだ。

そういう日常的なニーズに応えてくれる会社が日本PCサービスだ。同社の最大の売りはコンシェルジェサービス。ホテルで客がコンシェルジュに泣きつけば、どんなことでも相談にのってくれるのと同じく、パソコンに関わるトラブルならどんなことでも電話1本で駆けつけてくれる。名付けて「パソコン生活応援隊」。とにかく家や事務所まで来てくれ、そのトラブルの解決に当たってくれる。しかも値段が安い。
「こんなサービスがあったら」という現代人のニーズをまさに満たしてくれるのだ。
 
現在、日本のパソコン世帯普及率は85.0%にも及ぶという(07年末現在、単身者世帯含む:総務省情報通信政策局調査)。パソコンが本格的に普及し始めたのは1995年のWindows 95発売以降だといわれている(当時の普及率は10数%)から、10年少しで急激にパソコンは普及したことになる。特にインターネットの普及にしたがって、ネットビジネスが生まれ、ネットウィルスが繁殖したことから、そのトラブルは幾何級数的に増えていることになる。つまり同社の市場は増えこそすれ、減りはしないとてつもなく大きな市場なのである。その拡大につれて同社の業績伸長も著しい。2008年8月期は売上高5億2200万円、経常利益800万円、に対して、09年8月期は売上高9億円(中間期で4億2800万円)、経常利益6000万円を予定している。


スタッフが疲弊するようなビジネスはだめ
 
社長の家喜信行が同社を設立したのは2001年(現在のパソコン事業は2003年より)である。家喜は大学卒業後、自動車業界専門のソフト販売を行なう翼システムに入社した。カーコンビニクラブを始めた会社で、2年の間トップセールスを続けた末に退職した。その折「家喜さんがやるなら付いていきたい、という部下は多かったのですが、力のある人は採らなかった」と家喜は述懐する。力のない人の方がマネジメントは楽だろうと考えたのだが、意に反して半年でほとんど辞めていった。
 
家喜が独立した際に考えたのは、カーコンビニクラブのパソコン版だった。
「パソコンに関しては何でもやる、ということでした。しかし、何でもやるといってもお客さまは来てくれません。それでパソコンのトラブル対応から入っていったのです(家喜)」
 
カーコンビニクラブがキズ、凹みの修理を訴えて自社のサービスをアピールしたように、売り物はなにかを考えたのだ。家喜はこの事業を始めるにあたって業界をくまなく調べていた。たとえば大手パソコンメーカーはサービス会社を有していたが、どれも大手企業向けのものだった。中小向けに先行していた会社はスタッフを登録制にして、初期の簡単の修理ばかりを行なっていた。ところが登録したスタッフは月に180件も訪問していることが分かった。一件当たりもらえる金額が安いので、それくらい回らないとやっていけなかったのだ。これではスタッフが疲弊してしまう。そんなビジネスはやるべきでない、と考えた家喜は一人月に50~60件でビジネスにできるよう構造を作った。お客からカネを取るサービスなら、技術が高くなければ成り立たない。当初は個人商店並みに自らも客先に出向いた。


急拡大時に必要なのは技術教育よりも接客教育
 
同社に転機が訪れたのはジャパンベストレスキューシステム(JBR:東証1部)と提携したときだ。「生活救急車」をうたい、生活救援総合サービスを行なうJBRは、パソコンのトラブル対応のために同社に目を付けたのだ。これで一気に注文が増えた。
 
ところがなにせ救急車である。すぐ来い、となる。
「来るときにパソコンを買ってこい、なんていうお客さんもいました(笑)。でもそれで鍛えられました(家喜)」
 
その後次々と家喜はビジネスを拡大していく。幸い、世の中にニーズは山ほどあった。ソフト会社のユーザーサポート、ネット証券会社の顧客サポート、家電量販店のパソコントラブルサポートと、自社では十分に対応していけない顧客サポートをアウトソーシングしたがっている企業は多かった。同社はこうした企業との提携の輪を広げていったのだ。
 
以前はJBRの業務が80%を占めていたが、現在は40%にまでシェアが減少している。それだけ同社が安定してきているということだ。
 
ところで、急拡大していくときに問題となるのは人材の確保である。サービスは全国規模となっているし、なにより技術の進展が早い業界のことだ。
「技術力は追いつきやすい。むしろ大変なのは接客サービスです」と家喜はいう。だから、朝礼ではクレームを受けた人間は必ず発表することにしているそうだ。それにより意識を持ってもらうためだ。


お客のためから生まれた買い替えの必要のないパソコン
 
同社は最近になって新たなビジネスを構築し始めている。
 
例えばホームサーバーの開発だ。なぜそんなものを開発するのか。
「同じパナソニックのビエラリンクでも、買った時期が違うとつながらないというようなことがあるんです。だからつながるホームサーバーのニーズがあるんです」。同社ではそのホームサーバーをレンタル形式で家庭に売り込もうと考えているという。
 
パソコンも自社で作り始めた。
「超省スペースパソコンです。600グラム弱しかなく、10万円以下です」と家喜はいう。月50台くらいのニーズがあるそうだ。なぜそんなものを始めたのか。
 
きっかけはある小さな開発会社がつぶれたことにあった。その副社長が売り込みにきたのでそのメンバーもろとも引き受け事業化したわけだが、そこにも家喜の周到な計算が働いている。
 
パソコンは、ある年月が経つと買い替えの必要が出てくる。最新のモノと比べてハードディスクの容量が小さくなり、CPUの性能が落ち、メモリーも少なくなるからだ。最新のOSやアプリケーションソフトは、常に最新の技術や容量に対応して開発されるから古いパソコンでは動かなくなる。
 
ところが、パソコンほど、中を分解して組み立て直すのが簡単なものはないのも事実。そこで、買い替えの必要のないパソコンを開発したのだ。いつでも中の部品やデバイスを取り替えることができるパソコンだ。これなら常に最新の技術に対応できるからユーザーはパソコンを買い替えなくてもすむ。
 
恐らく家喜の頭のなかには「お客さまのため」という思想が、澱のようにこびりついているのだろう。こんなにまとも過ぎることをしっかりと実現していく経営者は稀である。
 
世はいよいよ高齢化社会に突入し始めている。高齢者とパソコンの関係でいえば、市場はますます拡大していくに違いない。同社の成長も大いに期待される。
「お客のため」という当たり前の発想のなかにこそ、大きなビジネスチャンスが潜んでいる、その典型である。

(2009・4・14)


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