【第42回】儲からない代名詞の業種で大成功した男、少年時代の夢

株式会社トレジャーファクトリー

小さい頃から目標は起業だった
 
中学生時代から父を超えるのが目標だった男が着実にその目標を実行して、大学を卒業後すぐに起業した。12年かけてその会社は上場に至る......。そんな夢物語のような話はフィクションの世界では見向きもされない。しかし、男は現実のビジネスの世界でやってのけた。2007年、東証マザーズに上場したこの会社はトレジャーファクトリー。36歳社長が率いる「宝物の工場」だ。

同社社長の野坂英吾は、大学を卒業後の5月に会社を設立した。資本金は300万円。アルバイトをして貯めたカネだった。10月には1号店となるリサイクルショップをオープンしたのだが、実はこの時点で、野坂と同社の成功は半分約束されていたといっていい。
 
野坂の父親は商社マンである。その関係でシンガポールに8年住んでいた。家でホームパーティーを開くと父の仕事の関係者が訪れ、父の大きさが子供心に焼き付いた。いつかは父を超えてやる、と思ったのが起業のきっかけだというから大変なものだ。そうはいっても、将来起業するために小さい頃にできることは限られている。だから、仲間をまとめ、成果を出すことが練習だと考えて、野球部のキャプテンや学園祭の実行委員を務めた。
 
大学生のときに、ある経営者からアドバイスを受けた。
「身の回りに、こんなことがあればいいと思うことを50個書き出してみろ」
 
当時、量販店でアルバイトをやっていた野坂は、お客が新商品を買うと、まだ使える古い商品捨てていく現実を見て思っていた。もったいないなあ。そして、これだ、と閃いた。こうしてリサイクルショップを事業に定めた。
 
大学4年の夏には徹底してリサーチを行なった。近郊のリサイクルショップ48軒を回ったが失望が大きかった。店を見ると値札もついていない、商品の保証もない、接客サービスも皆無。店主からは止めておきなさいといわれ、心細くなった。だが、すべてを回りきって、吹っ切れた。


曇りガラスを透明にしたら売上げ100万円アップ
 
事業を始めるにあたって事業計画を作成したら、700万円が必要だと分かった。しかし資本金は300万円。必死になって店舗になる物件を探した。あまりの必死さに、ある経営者が超格安で倉庫を貸してくれた。
 
あるショップの70歳になる経営者は、店を閉めるからといって在庫を譲ってくれた。こうした幸運も重なって、1号店は資金30万円でスタートできた。それでも、当初は社長業の傍ら、高速道路のパーキングエリアでハンバーガーを売っていた。
「おカネをかけずにできる工夫はすべてやった」と野坂は当時を振り返る。電話番号はNTTと交渉し、下4桁2550を獲得した。プッシュホンの縦1列で押せる番号だったからだ。
1号店は倉庫だったので立地が悪く、店舗の裏が大通りに面していた。そこで裏側の曇りガラスを5000円かけて透明に変えた。すると「通りから商品がよく見えるようになり、1日100万円も売上げが伸びた(野坂)」。
 
1号店150坪がきっちりと回るようになり、3年目に2号店をオープンしたが、これこそが野坂の課題だった。
「多くのリサイクルショップは2号店までがせいぜい。だから3店目以上をやっていく方法を考えました」
 
そこでマニュアルを作り、店の運営を標準化していった。これで商品の査定にもばらつきがなくなった。
 
そして、POSシステムを導入した。
「この商売は在庫管理が肝だから」と野坂はその理由をいう。何が売れて何が売れていないかを把握する、それに尽きるのだそうだ。売れてないものは売り場を変える。1年以上経ったものは価格を下げる。そして回転率を上げていく。
「業界の平均が年間6回転ですが、うちは8回転」という野坂の言葉が、その効果なのだろう。こうして年に1店舗のペースで新店を出店していった。


中古品市場は年率10%で伸長
 
こうして、同社は売上げを伸ばしていったが、5年前の2004年に最大の危機が訪れた。上場準備を考え始めたときだった。
 当時8店舗だったのを、一気に年間で6店出店したら、途端に単月赤字が続いてしまったのだ。
「恐らく人材が足りず、薄まってしまったのでしょう」と野坂は振り返る。
 
しかし、ここからが野坂の真骨頂。行動が早い。すぐに店長たちに「危機だ」と話した。そこで行なったことは現場の「見える化」。当時、店には売上と粗利しか把握させていなかったが、経常利益ベースまで把握させた。本当に利益が出ているかどうかを店ごとに把握させたのだ。しかも、全店の状況を共有できるようにして、前日の状況を売上げ順に並べ、それをグラフ化して見せた。店舗が増えたのでエリアマネージャー制度を導入し、3人に地区ごとに把握させた。
 
この結果、売上げは半年で元に戻った。そして07年12月、東証マザーズ市場に上場を果たした。同社の08年2月期の業績は売上高33億7200万円、経常利益2億1700万円。規模は小さいが対前年の伸び率は売上高123%、経常利益136.5%と高水準だ。
 
同社は、ファッション専門のリサイクルショップを1年半前から始めた。すでに3店舗目がオープンしている。
「このノウハウを楽器、スポーツ、ホビーなどの専門分野に広げていく」と野坂の意気は軒昂である。
 
中古品市場は年率10%で伸張しているという。市場規模は5000億円だから、まだまだ小さいが、「エコ」「ロハス」「環境」「循環社会」と時代のキーワードを並べるほど、この市場が有望に見えてくる。この大不況も大いに後押しをするかもしれない。
 
それにしても、野坂が大学を卒業して起業するといったとき、野坂の親はそれを認めた上で「自分でやりなさい」といったそうだ。
 
野坂は3兄弟の長男。次男は兄の会社を手伝っている。3男は自分で会社を興したそうだ。まだ37歳。なんとも頼もしく、将来性のある経営者だ。

(2009・3・18)


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