【第37回】知られざる精密技術を持つ企業のルーツは山内一豊

株式会社ミロク

鉄砲鍛冶の息子が始めた地場産業
 
多くの人が普段全く接しない分野の事業の一つといっていいだろう。猟銃の製造をやっている企業が高知県にある。米国のブローニング製として出荷されるその猟銃は評判がすこぶるいい。聞けばその技術のルーツは山内一豊の時代に遡る。これを製造する(株)ミロクは、その技術を派生させ、工作機械や自動車の高級木製ハンドルの製造などにまで広げている。

日本の地場産業の中には特別な技術を持った会社が少なくないが、ミロクもその典型の一つ。しかし、そもそも高知になぜ鉄砲作りの技術が伝わったのか。同社社長の弥勒美彦はこう説明する。
「慶長6年(1601)、山内一豊が掛川から移封の際に、鉄砲鍛冶が同行し、この地に鉄砲を作る技術を伝えたといわれています」
 
同社の創業者、弥勒武吉はこのルーツを引いた鉄砲鍛冶の息子である。創業は1893年。猟銃の製造を始めた。また1934年から捕鯨砲の製造を開始した。戦後はGHQが猟銃の製造を禁止したため、捕鯨砲一本に絞った。折りしも安価な蛋白源としての鯨が注目され、捕鯨大国日本の一翼を担った。
 
当時、大洋漁業(現マルハ)の名砲手として知られた泉井守一が「ミロクの捕鯨砲はいい」とお墨付きをくれ、同社の技術力は大いに評価されたという。
 
ところが捕鯨はやがて衰退していく。幸い1951年、GHQが猟銃の製造を解禁したため、猟銃の製造を再開した。捕鯨砲で得た利益を工作機械の購入に充て、量産化が可能となった。そして事業は順調に推移し、1963年には大証2部に上場する。


高度な技術を結集させて作る猟銃の精密さ
 
同社の飛躍のきっかけとなったのが1966年の米ブローニング社との提携だった。この提携により、ライフル銃の受注が増加し、安定的な量産体制を確立していったのである。現在ではミロク製猟銃のほとんどがブローニング社へのOEM(相手先ブランドでの生産)供給である。
 
ところで銃の製造には、相当緻密な技術が要求される。例えば銃身は円柱形の金属の棒をガンドリルマシンという機械でくりぬいていく。棒が少しでも曲がると厚みが異なるし、バランスが崩れ使いものにならない。ただただ真っ直ぐにくりぬいていくというのは単純なようで大変な技術なのだ。
 
また手で持つ銃床の部分は、木を削り出して作る。これまた微妙な加工技術が必要とされる。
 
そして銃身と銃床をつなぐ本体部分(レシーバー)。これもインゴット(金属の固まり)から削り出して作る。溶接は基本的に行なわない。しかも、この部分には表面に飾り模様を入れる。この模様とて1ミリの間隔に20本の線を入れるという、まるでお札の模様を描くような精巧な技術なのだ。
 
そしてこの3つのパーツを一体にする。その時にピッタリと接合できなければモノがモノだけに大変な事故に繋がりかねない。しかも命中率の精度が要求される。緻密な技術を結集させて作るのが猟銃なのだ。


中小企業庁「元気なモノ作り企業300社」に選定
 
こうした同社の技術は、現在さまざまな事業として確立されている。
 
銃身をくりぬくためのガンドリルマシンは、例えば自動車のシャフト製造にも使われる。同社はこうしたニーズに応えてミロク機械を設立し、マシンの製造販売を行なっている。この市場は年間50~60億円の規模だが、シェア60%以上を占めている。高性能が評価されているのだ。
 
また、銃床の木を削りだす加工技術からは自動車のハンドルが生まれた。トヨタの高級車アヴァンテの木製ハンドルは同社製である。
「他社製は木を薄くベニヤ状にスライスして、それを張り合わせて作るが、ウチのは銃座と同じく、一つの木から削り出して作る。強度が全く違うのです(弥勒)」
 
同社の業績は2008年10月期で売上高152億2300万円、経常利益9億6700万円。前期より利益額は落ちたが、基本的に業績は安定している。
 
売上のシェアでみても猟銃事業が40%強、工作機械が27%、自動車関連が31%(残りはその他事業)と3つがバランスを保っているように見える。
しかし、世界的な傾向として銃社会に批判の目が向いているなか、同社にリスクはないのか。
「もちろん常にリスクはある」と弥勒は語る。「だからこそ第4の事業を開発したい」とも。しかし、「当社は90年ぐらいからいろいろな事業に手を出し、授業料もそれなりに払った(弥勒)」
 
第4の事業といってもあくまで慎重に自社の得意分野で勝負しようということである。地味であってもきらりと光るこういう地域の産業が増えてほしいものだ。
 
ミロクは2006年、中小企業庁が選定した「元気なモノ作り中小企業300社」に高知県から唯一選ばれた会社である。猟銃の製造技術が評価されてのことだ。
実際、同社の工場を見ると、モノ作りにかける意気込みが痛いほど感じられる。
 
ところで、取材の部屋に入ると、壁際に同社の製品が置かれていた。そこに、ゴルフのパターが一つ。聞くと、このパターもインゴットからの削り出しで作ったものだった。溶接は一切していない。記念の限定生産だそうだ。なるほど、技術を尊重する思想はこんなところにも生きている。

(2009・1・14)


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