【第35回】運命に翻弄された男が興した会社の倍々ゲーム成長

株式会社エヌ・ピー・シー

世界のアントレプレナーの日本代表
 
会社というものは、ほとんどの場合一人の力でどうにかなるようなものではないが、時に一人の人間の存在が会社の存在を左右するようなことが起こる。(株)エヌ・ピー・シー社長の隣良郎が会社を立ち上げた背景には、そんな運命のいたずらに翻弄されたかのような人生模様が見えてくる。だが、その話の前にエヌ・ピー・シーという会社について触れておこう。

エヌ・ピー・シーは太陽電池製造装置の会社である。同社の創業は92年だが、当初、同社は真空包装機を製造するメーカーだった。しかし、94年から太陽電池製造装置の事業を始め、現在に至っている。この数年、太陽電池の普及が急速に高まってきたこともあり、業績を順調に伸ばしている。
 
一昨年度(07年8月期)の売上高は66億円(前年比158%)、経常利益は7億9000万円(同132%)、08年8月期、つまり昨年度は売上高93億7300万円(前年比142%)、経常利益14億3100万円(同181%)である。この数年に限っていえば倍々ゲームのように業績を伸ばしてきた。そして、昨年は東証マザーズ市場に上場を果たした。
 
こうした業績と成長度を評価されてか、世界のアントレプレナーが集まって世界のトップを決める「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」2007年度の日本代表に選出されている。
 
こうした順風満帆といえる同社だが、その発足は冒頭に書いたように、運命のいたずらに弄ばれた結果の創業だった。
 
大阪大学工学部を卒業した隣は伊藤萬(その後イトマン、現住金物産)に入社した。ところが、入社9年目に会社がおかしくなった。世間を騒がせたイトマン事件の勃発である。ここでは詳しく述べないが、会社が莫大な損害を蒙り、ついには合併されるに至る。
 
隣は逡巡を重ねた上、仲間数人と一緒に日本ポリセロ工業という会社に入る。33歳だった。妻が妊娠していたこともあり、冒険はできなかった。
 
ところが、入社した日本ポリセロ工業も財務上、破綻寸前の会社だったのである。ここから、隣の人生は大きく変化していく。


負債1億2000万円を抱えて新会社設立
 
日本ポリセロ工業は真空包装機を製造する会社だった。技術の信頼性はあったが、倒産は必至だった
 
隣はいろいろ考えた末に、この会社の営業権と負債とを引き継いでエヌ・ピー・シーを設立する。入社僅か半年後のことだ。
「イトマンのときは港区の会社にいて接待は料亭に銀座のクラブ。しかし荒川区に来たら、居酒屋にスナックになった。でも。別に何も変わりはしないことに気付いた。その上職人さんたちと飲んで気持ちも楽になった。あの頃俺は何をあんなに一生懸命やっていたのだろうとね(隣)」
 
財務が破綻していることが分かった時に、隣は倒産したら職人さんたちが困ると考えたという。幾ばくかの勝算もあり、結局会社を興したわけだ。
「1億2000万円の負債がありました。これをいつ返せるかなんて考えると怖いので細かく計算しなかった(隣)」が、製品には定評があり、急に売れなくなるものではないことが分かっていたので、とにかく販売は現状をキープすることに全力を注いだ。全員で得意先を回った。競合他社に噂を立てられていたが「顔を出せば分かってくれる。一度で駄目なら何度でも顔を出したし、クレームの処理に行ってできなければまた次の日に出向く、とにかく顔を出すことに終始した(隣)」
 
そして、物を作る仕組みを変えていった。外注部分が多かった製造工程をすべて内製化し、これでコストが一気に削減した。
 
こうして、業績は見る間に回復し、借金もなくなった。


エコノミストよりも正確な市場予測を行なう
 
94年、ブリヂストンから奇妙な依頼が届いた。それは真空包装機を改造したものを作ってくれというものだった。いわれるがままに作ると、通常200万円で販売するものが500万円で売れた。
 
そのうちに各メーカーから立て続けに注文が来るにいたって、この装置が太陽光発電のパネルであり、この分野が有望であることに気付かされたのだ。
 
同社では改良を重ね、品質を高めていった。当時一番大きな市場だったアメリカにも売り込みに行く。ここでも評判がよかった。
これには理由がある。
「仕様にうるさい日本のメーカーにもまれていたこともあるでしょうし、それ以上に食品業界と付き合っていたことがよかったのでしょう(隣)」
 
真空パックは食品の最後の工程になる。デリケートな食品のパッケージの、最後の工程でトラブルは起こせない。そのため頑丈な製品を作っていたのである。さらにいえば、日本からの駐在員が日本と同じく、毎日のように顧客を回った。トラブルがあれば、すぐに飛んで行った。その対応がよかったのだ。対応のよさに日米の違いはない。
 
同社は当初パネル部分のラミネ―ターだけを製造していたが、この先この分野で伸びるためには、その前後の工程の装置も作らなければならないと考え、ついに主要4装置を作るメーカーへと成長したのである。
 
さて、同社が強い会社であることを知る一つの例が、自社での市場予測である。隣は、太陽電池の市場予測を必ず自社で行なっている。
「どんなアナリストのいうことも信じていない。だって太陽電池のメーカー150社のうち130社はうちの顧客。1社ごとに生産状況を把握しているので、それを積算すると、自ずと予測数値は出る(隣)」というのだ。
 
その予測では、市場規模は3年後に現在の約2倍となる。隣はその時点で同社のシェアを現在の42%から、60%に引き上げる目標だという。
 
ところで「会社を潰すリスクの8割は社長にある」というのが隣の持論である。
「環境が悪くて会社が潰れることはない。儲かりだすと、急に異業種交流会にでたり、焼き鳥を食べていたのがしゃぶしゃぶになる」
 
権力を履き違えるというのだ。だから、同社では2年前にほとんどの権限を部長クラスに委譲した。
 
そこで社長が取り組んだのは内部統制の強化。
「先頭にたってやっている。しかも決まりを作って仕事をしだしたら、さらに利益が上がってきた(隣)」
 
こんなリーダーがいる会社は強いに決まっている。

(2008・12・10)


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