【第28回】再建途上のホテルを任された総支配人の宿泊客への心憎いもてなし

仙台国際ホテル株式会社

出張で仙台に行った。宿泊は仙台国際ホテルだった。仙台にはいくつかのホテルがあるが、たいてい便利さを重視して駅に直結するメトロポリタンに泊まることが多い。今度の場合は駅から徒歩5分というふれこみだったが、歩くと10分弱かかった。きちんとした都市ホテルだったが正直にいってあまり期待してはいなかった。

ところが大変面白いサプライズに出会えたのだ。
 
それはこのホテルの総支配人が自らの手で書いた「総支配人が御案内する 杜の都の食べ歩き」と題するA4判の冊子である。ひっそりと目立たないように引き出しの中に入っていたのですぐには気づかなかったが、旅先でも原稿を書く必要からモバイルのセットなどで何度も引き出しを開けたり閉めたりしているうちにそれが目に留まった。パソコンのワープロソフトで打ち出した用紙を簡易ファイルで綴じた何の変哲もない地味な代物だったので、よくあるお勧めの店情報だろうととりたてて期待はしなかった。ところがパラパラとめくってみると思いがけない面白さに気がついた。総支配人がその小冊子の全部の内容について、自分の言葉で書き記していた。冒頭の「ごあいさつ」はこうだ。引用させてもらう。

(前略...)最近、お客様から「どこか地元の美味しいお店ないですか?」といった問い合わせを受けることが多くなりました。(...中略...)思い悩んだ末、私が普段ローテーションで通いこんでいるお店。今後のことを含め、店主とのコミュニケーションが取れるお店の中から、御紹介させていただくことといたしました。(...後略)。

 
読み進めていくと、章立てがあり「私がこよなく愛するお店」、「予算が気になるときに便利なお店」、「番外編」と3つに分かれてた。
一章の「私がこよなく愛するお店」では10店舗が紹介されている。どれも自分の経験と店主との会話から得た情報とが満載で、ジャンルも和食、鮨、創作料理、ワインバー、フレンチから女性のいるサロンまで、思わず行ってみたくなる店ばかりだ。
そのなかでトップに紹介されている『萬味高橋』の内容を引用させてもらおう。

――親方は京都『萬亀楼』を皮切りに、サントリーに入社、ロンドン、シンガポール、オーストラリア、サンパウロ等の店を回り、仙台にたどり着いた。手間をかけ、旬の素材そのものの旨みを生かした料理の数々、無駄な飾りつけはしない。いたってシンプルな引き算の料理は芸術的でもある。筍の木の芽味噌焼き、甘鯛の昆布締め、鮑のやわらか煮(...中略...)締めの鯛茶漬けは出色のでき、初めての方はぜひリクエストしてほしい。等々。文末にはご予算の目安としてお酒込みの値段が書かれている。──

 
こんな調子で全編レポートされている。書くだけでも大変な労力であるのに加え、行間から書き手の経験がにじみ出ている。これだけの中身のものを書くには、相当通い詰めていなければできないところが凄い。
 
全部で紹介件数は24店。うれしかったのは、私が唯一毎回のように行く牛タンの店が、これに紹介されていたことである。
 
出張に行くと、困るのがどこで食べるかだ。特に一人の場合、知っていればよいが、ほとんどが行き当たりばったり。だから、こういう懇切丁寧な店の紹介はほっとするし、ひいてはこのホテルのファンになろうというものだ。
 
そういう点を全部この総支配人はわきまえているのだろう。ただ、それにしてもこんな情報を客に提供できる人なんて、なかなかいない。この冊子を引き出しの中に目立たず入れてあるところなど心憎いばかりの演出である。人の度量とはこういうところから判断するものだ。
 
 
ホテルという商売はつくづく大変な商売だと思う。客はわがままだし、その客を宿泊部門と料飲部門、そしてブライダルなどのイベントでもてなすのが仕事である。客はサービスされて当たり前。ちょっとでも不都合、不快の事態があれば、すぐさまフロントやスタッフに文句を言う。ホテル激戦区ともなれば、その争いは客にいろいろなベネフィットを供与することでさらにエスカレートしていく。
 
ところで、仙台国際ホテルは現在、東武鉄道グループの傘下にある。同社は1989年、地元の交通会社が中心となって、当時としては東北有数規模の都市型ホテルとして開業したが、不動産、建築費等が高騰している時期に立てられており、しかもその後のバブル崩壊があって、コストを吸収できなかったのだろう。それでも売上高はピーク時に46億円あったものが、06年3月期には26億6000万円に落ち込んだ。大幅な債務超過状態で、貸付金などの債権の大半を保有していた東武鉄道が債権放棄をしたうえで、旧会社を2007年1月に解散し、100%出資の新会社として再出発した。
 
このホテルの総支配人は野口育男氏という。新聞記事によると(河北新報08年4月7日付夕刊)、そもそも学生時代に食通を気取る友人から馬鹿にされたことで一念発起し、フレンチレストランを食べ歩いたそうだ。東武鉄道に入社し、ホテル部門に配属された後もそれを続け、本場パリにまで足を延ばしたという。
 
この人が債権請負人の大役を任されて、07年2月に総支配人になったわけだ。そんな背景を持つ人ならではのホテル経営は、また一味も二味も違うのではないか。何より、ここで紹介した「総支配人が御案内する 杜の都の食べ歩き」が、それを示している。
 
実は、2010年ウェスティンホテルが、このホテルの目の前にオープンする。でもこんな総支配人のいるホテルなら、きっと大手外資に伍してやっていくに違いない。

(2008・7・16)


トップページ -> なぜこの企業が凄いのか -> 【第28回】再建途上のホテルを任された総支配人の宿泊客への心憎いもてなし