【第22回】慎重かつ大胆にビジネス展開する新型出版社の挑戦

株式会社 文芸社

父親の出版社を継がず、独自に出版を始めた
 
この数ヶ月で70万部という驚異的なヒットを見せている一冊の本がある。それが『B型自分の説明書』だ。この本を発行しているのは(株)文芸社。自費出版(同社では協力出版と呼ぶ)を主にしている会社で、このヒット作も実は自費出版である。同社の創業者で社長の瓜谷綱延はこのヒットについてこう説明する。

「2007年の8月に1000部発行しました。昨年までは増刷もありませんでしたが、ある書店チェーンの方がこの本の面白さに目をつけ、自店のチェーンで多少大きめに並べてみたのです。すると売れ行きがよかった。この話を三省堂書店にしたところ、全店で大展開が決まり、今年の2月頃から一気に火がついたということです」
 
これだけを聞くと、出版が水物であることの証左のような話だが、実は同社の事業のあり方には、現在の出版業界が置かれている困難な状況を変えるヒントが隠されていることが分かる。
 
瓜谷が同社を設立したのは1996年。瓜谷の父は、たま出版という精神世界系の書籍で著名な出版社を経営していた。その父が死に、瓜谷は自分がたま出版をどのようにして継ぐかということを考えた。精神世界という分野は好きでないと難しい。一方、事業として出版を考えると、在庫を抱えながら、長期的な運転資金を確保しなければ資金繰りが苦しくなるこのビジネスは、銀行から長期の融資でも受けられるのなら別だが、今のシステムには合わなくなっている。こう考えて出した結論は、たま出版の株は創業からの人物に譲り、自分は別の事業を行なうということだった。


自費出版物を置いてもらうために続けたドブ板営業
 
瓜谷が目指したのは不動産業である。不動産業も大きな資金が必要だが、瓜谷が父から相続したカネはゼロに等しく、したがってタネ銭がなかった。当時の銀行は貸し渋りの真っ只中にあり、銀行を当てにした事業は駄目。そこで、前受け金を取れる自費出版を始めたのである。
 
最初の1年は細々と試行錯誤しながらだった。当時は、銀行や証券の破綻が相次ぎ、先行する同業他社が様子見をしていた時期であり、ようやく東販、日販という取次ぎで扱ってくれることが決まったので、勝負に出ることを決意する。カネはなかったので、ある広告代理店に、毎月2000万円の6ヶ月手形を切ることを了承してもらい、大々的に新聞広告を掲載した。これで一気に300もの原稿が集まった。
 
しかし、これで事がうまく運んだわけではない。出版した書籍は、書店に並べてもらわなければならない。ところが一般に書店は、自費出版の書籍を置きたがらない。置いてもらえなければ自費出版の広告自体が嘘になるから、絶対にこれだけは実現しなければならない。この営業が同社にとっての生命線であったのだ。瓜谷は地道にこの営業を続けた。断られても毎日訪問する。顔を出していればそのうち、相手も認めてくれるだろうという、まさにドブ板営業そのものだった。
 
一方、瓜谷は紀伊國屋書店、三省堂書店などの大手書店も訪問し、自費出版の意義を説いた。もちろん最初はどこも消極的。だが、アマチュアの出版文化を発展させるため、という瓜谷の粘り強い説得に、紀伊國屋書店と三省堂書店の2店が乗ってくれた。こうして、同社は3年がかりで、大手書店に加えて地方の一番店の売り場を確保していった。今では紀伊國屋書店も三省堂書店も共同で出版相談会を開催してくれるほどの仲になった。
 
そして2000年には、ベストセラーがこの自費出版から生まれた。『リアル鬼ごっこ』(山田悠介著)、と『心霊探偵八雲』(神永学著)である。既存の出版社ではこうした著者は発掘できなかったはずだ。なぜなら、無名の新人は新人賞に応募して賞をとるでもしなければ、出版にはこぎつけないからだ。


従来の既成概念を超えた大胆な仕組みで挑戦
 
今年の初め、同業他社の新風舎が自己破産したニュースは、自費出版業界が、ともすれば危ういビジネスのように受けとめられる可能性がある。しかし、瓜谷は同社が他とは違う点を強調する。
「まず、2006年から前受金はりそな銀行と信託契約をしており、別勘定で保全しています。もちろんそれまでも前受け金については別勘定にしていましたが、これを明確化したわけです」
 
自費出版業界は競争激化により、値引きをして受注する会社が増えた。破綻した新風舎はその典型だ。採算割れのような安値で引き受ければ、受注も多くなるが、編集にかかる人員も増え、コストも増大する。そうなると、前受け金が資金繰りに回る可能性も出てくる。
それをしないために、同社は安値で受けず、前受け金を信託した。こうして発注者であるところの著者の信頼性を勝ちとっていったのだ。しかも、創業当初のドブ板営業による販路の開拓が著者に安心感を与えた。
「売れている本があるのも事実ですが、それは絶対に著者には言わない。いくら正確に物を言っていても、著者が誤解をしては駄目ですからね」
 
慎重に慎重を重ねてこそ、このビジネスは成功すると瓜谷は言うのだ。しかし、同社のビジネスは慎重なだけではない。それが「売上げ還元タイプ」という新しい形態の出版制度である。自費出版では、用紙代や印刷費を著者が負担し、流通は出版社が経費負担をする。売れれば著者には印税が入る。しかし、同社の新システムは、分かりやすく言えば、著者個人が出版社になる仕組みである。売れた場合の著者の収入は売上の60%(同社の印税は2%から)と莫大なものになる。著者のコスト負担は増えるが、リターンも大きい。自信がある人にとっては魅力的な仕組みで、もし仮に売れている有名な著者がこのシステムで出版すれば、著者は莫大な利益を得ることができる。そういう意味では既成の業界への大胆かつ挑戦的なシステムとも言えるだろう。


出版も不動産もバランスよく経営
 
2008年3月初め、自己破産した新風舎の破産管財人と東京地裁民事20部が連名で、同社に対して新風舎の顧客救済を要請した。同社はこれを受けた。これによって新風舎の顧客1万5000人が救われることになる。これも同社に対する信頼感の表れだろう。
 
さて、瓜谷は現在、不動産業界でもビジネスを展開中である。最初の思いを結実したことになる。現在の業績は連結で111億9100万円、経常利益で10億8800万円となっている。瓜谷は朝から午後2時まで不動産業にいそしみ、そこから夜まで出版社の社長を務めている。
あまりにも違う業種であるがゆえに、そこに矛盾は生じないかと問うと、瓜谷はあっさりと答えた。
「2つの異なった事業をやっていることは事業のポートフォリオ的に見てもよかった」
矛盾ではなく、むしろバランスがとれているということなのだろう。不動産では、出版業の良さをとり入れ、利益がすべてではないと説く。一方、出版業では利益をきちんと出してこそビジネスと。使い分けということではなく、自然にそういうマネージメントができるのだそうだ。
 
現在、不動産業界は地価の下落と不動産ファンドへの締め付けで、業績が悪化している会社が多い。そのことを聞くと、「2008年の春にはすべての在庫は処分している」と答えたものだ。ビジネス感覚の優れた経営者であることに間違いはない。

(2008・5・13)


トップページ -> なぜこの企業が凄いのか -> 【第22回】慎重かつ大胆にビジネス展開する新型出版社の挑戦