【第11回】世界最大の発行部数、フリーペーパー『ぱど』の目標は2000万部

株式会社ぱど

新聞広告は減っても折込チラシは伸びている
 
一般にメディア事業ほど立ち上げの難しいものはない。特に多様なメディアが現出している昨今においては、その感が強い。インターネットメディアがいい例で、数多あるサイトの中で、認知度を得ることは大変な労力を必要とする。いきおい大資本が多額の資金を投入してその認知度を得ようとするが、これも上手くいくケースは稀である。雑誌の創刊にしても、数億円かけて宣伝広告をうってみたところで、最初からの成功は難しい。

このメディア事業に、小資本で挑み成功した会社が(株)ぱどである。雑誌名は『ぱど』。パーソナル・アドの略だ。昨今のフリーペーパーブームのずーっと以前から発行されており、フリーペーパーではダントツの強さを持つ。発行部数はなんと1180万部。この部数、世界記録としてギネスブックにも掲載されている。
『ぱど』は、実は昨今の後発のフリーペーパーと一線を画している。後発組が駅などに設置したラックに置く形式であるのに対し、『ぱど』は宅配型なのである。駅で配布するものは電車の中で読むように作られているのに対し、宅配型の『ぱど』はチラシの集合体と考えればいい。つまり読者が違うし、目的も違うのだ。
 
では、なぜチラシなのか。考えてみればいい。新聞に挟まれているチラシ。みんなチラシには目を通す。特に主婦は新聞よりもまずチラシに目がいく。男だって不動産広告を見るのは結構好きである。チラシは地元の情報だ。それを見て、行動する。安売りがあればその店に行き、イベントがあればまた出かける。乱暴な言い方だが、チラシはよく読まれるのだ。そこに手に取らせる工夫さえあれば...。
 
実際、日本の媒体別広告費の推移(電通)をみると、新聞の広告費は減少の一途をたどっているが、折込チラシのそれは、僅かずつだが伸びている。つまりマーケットがあるということなのだ。
 
だから『ぱど』は工夫した。チラシを一冊の雑誌にまとめ上げた。しかも街のお店、地域の不動産といった広告などに加え、米国などのフリーペーパーの原点ともいうべき「売りたい・買いたい」という個人広告を載せたのだ。チラシ風雑誌は、ただの折込チラシと違って、読みやすく編集されているし、クーポンも付いている。
 
単純だが、これが『ぱど』が成功した理由である。そしてこれを宅配した。
 
だから、大手出版社がこの業界に参入した時にも、「あっちは割引の専門誌。お店を利益なき繁忙に駆り立てる」と社長の倉橋泰は取り合わなかった。


10数年かけて作った他社が真似できないインフラ
 
倉橋が『ぱど』を創刊したのは、1987年。当時、荏原製作所の社員でアメリカに駐在していたときに、現地でフリーペーパーに出会った。これだ、と思い日本に戻ってから新規事業として提案。これが認められて、起業した。荏原からMBOで独立したのは92年。2001年にNASDAQ JAPAN市場(現ヘラクレス)に上場を果たす。
 
14年で上場したこの歩みは、メディア事業という視点でとらえればそれほど速くはない。メディア事業は5年もすれば決着がつく。成功してきっちり利益が出るか、あるいは撤退か。
 
しかし、この歩みののろさにこそ、ぱどのもう一つの成功の秘密が隠されている。それは一言でいえばインフラの強さである。『ぱど』を配布するパートの女性を同社では「パドンナ」と呼んでいる。この人たちが新聞販売店と同様の配布ネットワークを作り上げた。その数何と1万4000人である。
「今うちと同じ規模のネットワークを作ろうとしたら、100億から200億円はかかるでしょう」と倉橋が言うように10数年かかって、この精緻なネットワークを作り上げたことが同社の最大の資産となった。試行錯誤しながら、地道に作っていった成果である。だから競合他社はスタンド置きしかできない。インフラが違うのである。


赤字からの脱却に見せた集中力
 
実は、ぱどは上場した後の2002年度に赤字を経験した。01年の「9.11テロ」に翌年3月のSARS騒動で広告が激減したからだ。株価は大きく下げた。
「影響は大手企業では出るけれど、地元のお店には影響はないと踏んでいた(倉橋)」だけに、衝撃は大きかった。小さな店や消費者ほど、先行き不安に敏感に反応することを知らされた。ここからが倉橋の真骨頂だった。
『ぱど』の戦略を分析し直した。その結果わかったことは、営業力が落ちていること。事業の拡大に伴い、人の補給が追いついていなかったのだ。もっと既存市場で営業力を高めなければ、収入は増えない。そこで赤字にも拘わらず人を大幅に採用した。1年間で100名近くも。営業の素人でも広告が取れるように、パターン広告を増やした。
 
さらに、成功体験を持つ営業マンのノウハウをネット上に披露させた。凄い成功体験を披露した人には評価に応じて賞金を出した。その成功体験を利用した人にも、その体験を披露させた。こうして成功の法則が次々に蓄積され、共有されていった。
 
組織も変えた。各営業所ごとに編集、営業、配布の人間をまとめた。この方が組織の風通しがよくなる。でも「経営的にはコスト高だから大変な決断だった」と倉橋。営業所の裁量がこれによって飛躍的に高まった。
 
同時に営業エリアの見直しも行なった。エリアのお客と読者とが一致していないとそれこそ効果が薄れるからだ。
『ぱど』本誌にも手をつけた。創刊以来の大リニューアルを敢行した。
「読者アンケートを取ったらつまらないという声が多かった。考えてみれば、創刊したときと時代は大きく変わっている。我々も変わらねば」と檄を飛ばした。
 
雑誌の前の方にあった『ぱど』の象徴である個人広告を後ろに移した。
 
こうして2003年度の下期から収益は大幅に改善していった。


最大の狙いは東京都心部
 
現在、ぱどはさらにいろいろなチャレンジを試みている。
 
昨年でいえば、上海版『ぱど』とも言える『ミーハー』のテスト発行。もう一つは昨年創刊したバースデーマガジンである。上海版はテスト段階までで、その先には進まなかったが、バースデーマガジンは携帯版へと進化した。
 
またそれ以前には、ラック置き型のフリーペパー『ぱどタウンマガジン』を本格的に首都圏にもってきて、他社のラック置きフリーペーパーと本格的に戦いを始めている。
 
実は『ぱど』の弱点は駅周辺のような都心部にある。駅を中心にドーナッツ状に家庭に配布されると、真ん中に空白地帯ができるのだ。そこにはラック置きが跋扈している。オフィス版の『ラーラぱど』はあるが、それに対抗するにはまだ弱い。そこを拡充しようというのだ。
 
そして、それを後押しするのが、携帯サービス。その名も『ぱどモ』である。電話帳データを持っている日本ソフト販売(株)と組んでテストを2005年10月にこのサービスを開始した。電話だけでなく、これを『ぱどタウンマガジン』と連動させ、お店の広告にをQRコードを付き、それを携帯で読みとると、地図も含めた詳しい情報が得られる。これを武器にして都心部を狙う。最大の狙いは東京都心部だ。何せ『ぱど』家庭版の配布エリアではそこだけ真っ白なのだ。

(2008・2・20)


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