【新・おもろい会社論】前編

・想像力を発揮することを拒むリーダーの存在は罪悪である

深く長いリセッションの要因

いつもの企業紹介と趣を変えて、書いてみたい。それは、今の時代についてだ。こう書くとなにやら大袈裟だが、今がどういう時代であるかをはっきりと認識せずに、日々のビジネスに追われていると、いずれ足元をすくわれることになると考えるからだ。

昨年9月にリーマンショックが起こり、金融市場が崩壊の危機にさらされた。あれから1年余。株価は多少上向き、対中国市場が経済対策のおかげで多少復活した。失業率は相変わらず高いままだが、小康状態を保っているよう見えなくもない。もちろん経済紙誌では2番底懸念を予測するし、アメリカのドル安がここに来て顕著なことも心配な点だ。

昨年末には金融危機を契機とした世界同時不況に対するさまざまな論調が繰り広げられていたが、例えばハーバード大学教授フランケル・ハーパー(日本経済新聞08年12月2日)は「深い長いリセッションになる」と発言していた。

これはアメリカ経済が07年12月から景気後退に入ったと宣言したときの一部だ。おそらくこのときは、まあ、仕方がないというのがみんなの正直な気持ちだっただろう。

だが、我われにとって重要なのは、なぜ深くて長いのかということを理解することであることに違いはない。07年のサブプライム問題、08年のリーマンショックによる金融破綻はあくまできっかけだった。デカップリングなどと糊塗してみても、結局実体経済は大きな損害をこうむった。


芥川龍之介不況の意味

このハーパーの言葉で思い出すのは、92年当時、ちょうど日本のバブルが崩壊した直後の竹内宏氏の話である。

当時の日本のマスコミの論調は「この株価はいつ回復するか」、「地価はいつ反転するか」などという類のものだった。結論からいえば、地価も、株価も10年くらい反転しなかった。だれも、構造的な展望を持って見ていなかったからだが、ちょうどそのバブル崩壊の直後、当事長銀総研の理事長だった竹内宏さんに話を聞いたことがあるのだ。
この不況を命名するとしたら、なんと名づけますかという私の問いに、

竹内さんはすぐさま答えたものだ。
「芥川龍之介不況ですかねぇ」
「それはどういう意味ですか」
「ぼんやりとした不安がずっと続く、ということです」

それは、もちろん芥川が自殺するにあたって書いた遺書の中の一節、「ぼんやりとした不安」に拠るものだった。芥川が晩年鬱で悩んでいたように、ぼんやりとした不安がこの後ずっと続く。当時の不況はすぐにどうにかなるというような話ではないということを喝破していたのである。竹内さんはバブル崩壊もさることながら、その時に問題視していたのは少子高齢化という構造的な問題だった。
「六本木に人がいなくなりますよ」という竹内さんの言葉が今でも印象に残っているが、時代はその通りになってきた。まだ六本木に人はたくさんいるが、いずれ後20年もすれば人はまばらになるだろう。それは日本の宿命的な構造だからである。高齢化に関する行政の施策は追いつかないどころか、もうとっくに破綻している年金に今なお改善で何とかしようとしているさまは滑稽というほかない。社保庁問題以前の問題だ。
「失われた10年」といったのは堺屋太一氏だが、失われた10年を経ても、戦後最長といわれた好況を経験しても、われわれの頭の中にこびりついていたのは「ぼんやりとした不安」だった。


総論賛成、各論反対
構造的な問題を改革していくために必要なのはリーダーのパワーである。幸い政権交代によって日本にも新しい兆しが出てきたが、改革を実現するには困難が伴う。それは官僚の抵抗でもなんでもない。それは国民全体が、反対する可能性があるからだ。
総論賛成、各論反対とはよくいったもので、例えば、オバマ大統領が国民皆保険の話を持ち出すと、明らかに米国民は背を向き始めたのがそのいい例だ。

社会の仕組みを構造的に変えるというのは本当に大変なことである。我われ国民も「改革」という言葉には弱いが、それはあくまで自分に損害が及ばない範囲での「改革」という意味であり、自分に何か損害が及ぶようなことがあれば、血相を変えて反対をする。そういうものである。だからリーダーは大変なのだ。

改革という言葉に酔っているときには、実はそれほど頭が働いていない。ただ麻薬のような心地よい響きに埋没しているのみである。本当はそういう言葉が出た時にこそ想像力を働かせねばならない。その改革でどうなるのか。何ができて何ができないのか。自分の(あるいは会社の)どこに影響が及ぶのか。単に今出ている政策に反対や賛成を述べるのでなく、この政権がそのような大きな動きをしていくのかを予測する。それが想像力であり、その想像力を働かせるのがリーダーの努めである。会社でも同じことだ。経営者にどれくらい想像力があるかで、企業の帰趨は決まってくる。

(2009・11・14)


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