【序説】第3回

・「構造変化」の中身と正体
・バブルが崩壊せずとも不況になった?
・グローバル化の持つインパクト

「構造変化」の中身と正体

世の中に構造変化が起こっているということは、なかなか実体験として把握しにくい。せいぜいが経済学者やエコノミストから指標を元に説明を受けると、ああそういうものかと理解する程度である。

しかし構造変化は近年確実に起こっており、今なおその変化は連綿と続いているのである。

構造変化のいちばんキーになるファクターは人口動態の変化である。人口動態の変化で社会が変わる。例えば戦後の日本社会は紛れもなく奇跡的な発展を遂げたが、この背景に戦後のベビーブーマーという大市場が存在したことを抜きにしては語れない。
 戦後、復活も危うかった日本が朝鮮戦争の特需でカネヘン(鉄鋼)、イトヘン(繊維)を中心に復活し、農業国の道を歩まず、工業国として再興していくと同時に、この戦後生まれの人たちの世代向けにあらゆる商品が供給され始めた。小学校に入ると勉強道具に参考書、ティーンエイジャーになればファッションが台頭し、若者向けの雑誌が全盛を極める。働き始めるとスーツや車、結婚すれば家財道具に家電製品、子供が出来ればベビー用品、そして家の購入、とまあ、人口の多い世代に向けて物を作れば売れていったよき時代でもあった。これに加えて、家電製品やAV機器などが性能的にも機能的にも進歩し、消費意欲に目覚めさせていったのだ。日本にとって非常に分かりやすく商品を開発しやすい消費のパターンが存在した。そして、この世代は大学進学率も上がり、そのまま知的労働力として日本の産業を支えるに至ったのである。


バブルが崩壊せずとも不況になった?

もちろんこんな単純な議論で日本の戦後の経済成長を語るわけにはいかない。しかし、構造的にベビーブーマーの世代(市場)があったからこそ、日本は生産においても、消費においても活力を発揮できたわけである。

余談だが、日本のバブル経済が崩壊した90年代前半は、ベビーブーマーが40代半ばを越えようとした頃である。行き過ぎたバブルと、急激なショック療法ともいえる総量規制によって、企業が不良資産を抱え、大不況の時代が訪れるわけだが、別の視点で見れば、ちょうどベビーブーマーも子供たちの教育費と家のローンが嵩む時期であり、しかも人口が多くとも管理職の枠は狭められていく、つまり日本の消費の中心に位置付けられていた世代が経済的に苦しくなる(=消費が減退する)時期でもあった。その観点から分析しても、経済の停滞は不可避的であったというのは言い過ぎだろうか。

参考にしてもらいたい図がある。米国と日本の戦後の人口動態の変化をイメージとして表した図である。この、変化を見ると、経済がどのように動いているかがよく分かる。50年代の米国。70年代の日本、そして90年代に復活を遂げた米国、そして2000年代以降期待できる日本と、人口動態の変化からだけでも、いろいろなものが見えてくるから不思議である。

バブルが崩壊せずとも不況になった?01
バブルが崩壊せずとも不況になった?02
バブルが崩壊せずとも不況になった?03


グローバル化の持つインパクト

さて、その構造変化である。

人口動態の変化もさることながら、バブル崩壊以降の10年間は、社会の構造が劇的に変わった10年でもあった。

何が変わったのか。

まず、世界の経済体制が変わった。1989年のベルリンの壁が破壊され、東西ドイツが一つとなって以来、共産主義、社会主義の国家体制は次々に崩壊し、これによって世界が市場主義経済へと向かった。中国のように共産主義をイデオロギーとして保持している国家においても、経済は市場経済である。

数年前、中国の北京に行った時、ガイド兼通訳の若い女性が、こう言ったものだ。
「私たちの父の時代はみんな働いても、働かなくても同じように給料をもらえて生活できた。だからやる気のある人もやる気がなくなり、それで中国は駄目になったんです。でも、私たちは違います」

私はその最後の言葉に、中国の活力を感じた。

経済のグローバル化という言葉はこの頃に出来てきた言葉である。世界のどの国も市場主義経済となり、まるで地球が一つの大きなマーケットとして捉えられることになるから、極端に言えば、世界のどこで生産しようと、どこで物を売ろうと関係ない時代に突入したのである。「世界適地生産」、「世界適地販売」が可能となり。日本の大手企業の多くが、世界戦略を練り始めた。あるグローバルに展開している大手企業の社長にインタビューした時に、「本社は日本でなくともよい」と豪語していたのをよく覚えている。

そしてこのグローバル化の動きを促進させたのが、デジタル技術によるさまざまな技術の進展である。PCはその代表で、さらにインターネットが生まれたことで、情報ネットワークの構築が世界中でなされ、アフリカであろうとアメリカであろうと瞬時にコミュニケーションが可能となった。そして情報の流通も瞬時に行なわれ、金融を一とした多くの情報が世界中を飛び交い、まさにネットワーク社会が到来したのである。

(2007・12・14)