【序説】第1回

・インタビューは面白くなりにくい
・馬鹿馬鹿しい限りの頭取インタビュー
・オーナー経営者の話にはドラマがある

インタビューは面白くなりにくい

おもろい会社というものは世の中にそれほど数多くはない。「だから」というべきか「でも」というべきかは定かではないが、おもろい会社に出会うと、わくわくするような気分になるのである。

この場合何に対してわくわくするかというと社長(ほとんどはオーナー)の話に対してである。社長が起業したきっかけや、経営の危機を迎えた時にどうやって乗り切ったか、はたまた大ヒットはいかにして生まれたかなど、それぞれにドラマがある。そのドラマはそれぞれの社長の個性が出ており、なかなかユニークなものが多い。時々はほろっとさせられるような人情物的な話もある。だからこういう機会があると、私はいつでも飛びつくのである。
「そういうインタビューならやりたい」と。

これは業というより他はない。世の中にはいろいろな素晴らしい経営者がいるが(あるいは人物がいるが)、有名な大企業のトップに話を聞くと概して面白くないものである。もちろんそれにも例外はあるのだが、それはまた後で説明しよう。

私が以前に経済週刊誌の編集長を務めていた時に、編集後記を除く、私の唯一の担当として「編集長インタビュー」というコーナーを持っていた。インタビュイー(インタビューされる人)は主に大企業の社長が中心だった。当初は......。
何故勿体ぶったような書き方をするかというと、ある時を境に方針を変えてしまったからである。

そもそもインタビューというページは話が面白くなりにくい。なぜなら、インタビュイーの話が面白い場合に限って中身が面白くなるからだ。もちろんインタビュアーの力量が問われるのも事実だ。しかし、何を聞いてもぼそぼそっとしか答えないような人がいるのもまた事実である。特に大手企業の場合、経営者である社長が出てきても発言できることが限られており、話が建前に終始することから中身は面白くなくなる。もちろんあの手この手で話を振って真意を聞きだそうとしたり、本音を引き出そうと試みたりもするのだが、なかなか壷にはまらず苦労をするのだ。そんな状態のままインタビューが終了した時は自分自身、身体の疲れが倍加したように感じ、まさにイグゾーストの状態に陥ってしまうのである。
で、なぜある時を境に方針を変えたかというと、これでは埒が明かないと思ったからだ。


馬鹿馬鹿しい限りの頭取インタビュー

こんなインタビューがあった。
1997年頃の話。つまり今から10年前。某大手銀行頭取室。広い部屋だった。優に100平米はあるだろう。私はソファに座り、向かいのソファ(といっても5メートル以上離れているが)にその銀行の頭取が座っていた。間には真四角の大テーブルがあり、それぞれ左横には『週刊ダイヤモンド』の金融担当記者、その隣には先方の広報部長が座っていた。

さてインタビュー開始である。実はこのインタビューには伏線があった。事前に質問内容を求められていたのである。その件を担当記者に言われたので、インタビューというのは当意即妙の面白さがあるのだから、事前に質問内容をいうことはしない、と真っ当なことを言ったつもりでいた。しかし間に入った記者は広報部からせっつかれ自分でこんな質問じゃないかと、質問内容を作成し先方に渡してしまっていた。もちろん事前に私にもその質問内容を見せ、こんな感じで出しておきましたといったものである。私は頷いたが、内心穏やかではなかった。

インタビューがスタートすると、驚いたことに件の頭取は自分の横に置いてある厚さ20センチくらいの書類の束に目をやり、それを見ながら答えるのだった。アンサーペーパーが用意してあったのだ。しかもそのアンサーペーパーを棒読みなのだ。
そりゃあないだろう、である。

私はすぐさま方針を転換し、あらかじめ出してない質問をし始めた。すると、頭取は横の広報部長に目をやる。すると広報部長が「それについてはですね......」と答え出したのだ。私が怒りを通り越して、唖然としたのは言うまでもない。
後で担当記者にこの件について文句を言うと、「あそこはずっと前からそうなんですよ」と言う。前の頭取の時も取材に来た記者に「これで頼むよ」と用意したアンサーペーパーそのものを渡して後は世間話に興じたそうだ。つまるところこの銀行の取材対応は常にこうだったというわけである。

こういう会社があったのだ。

ちなみにこの会社がこのような方法を取っていたことについては理由がある。その理由を説明すると、これまた長々とした話になるので、長年に亘って澱が溜まっていたとだけ記しておこう。


オーナー経営者の話にはドラマがある

もちろんこれは極端な例である。ほとんどの大企業の社長は私の質問に真摯に答えてくれた。しかしこれが前述した通り面白くないのである。
で、ある時ベンチャー企業に注目した。当時は第三次ベンチャーブームなどともてはやされていたが、つまるところオーナー企業なら面白いだろうと単純に思ったのである。
これが大正解だった。どの社長の話も面白いのである。

面白いというのはどういうことか。中身があるということだ。どんな社長でも、会社を立ち上げたきっかけがたいした理由ではなくとも(たいした理由のほうが少ないかもしれない)、会社を成長させたその過程には必ずドラマが存在する。だから面白いというきわめて単純な話なのである。
しかし、だれもが思わず耳を傾けるような話なのである。会社を立ち上げたときにカネがなくどうやってやりくりしたか。これだと思って出した商品が全く売れずに困った時どんなことをしたのか......。

こんな話もあった。

会社が倒産するから従業員に辞めてもらうよう説得したが、従業員は辞めずに残って頑張り、すると思わぬ事業が大ヒットして蘇生したという......。こんな眉に唾をつけたくなるような話さえ、事実として存在したのである。
ただ難点は、こうしたベンチャー企業の経営者の話は、だれもが聞きたいようなテーマだったかということである。

多くのビジネスマンは、やはりトヨタやホンダ、ソニーに松下電器産業といった企業の経営者が出てくることを期待している。そういう人の話を聞いてみたいと思っているのだ。私がインタビューした当時、これら企業経営者の話はもちろん面白かった。トヨタの奥田社長、ソニーの出井社長、ホンダの川本社長、松下電器産業の森下社長(いずれも当時)らは、それぞれに懐が深く、それぞれに深奥な戦略を語った。こういう人がやはりビジネスの本流であり、ベンチャー企業の経営者はそうした流れの中では刺身のつま程度に考えられていた。

もちろんニュービジネス協議会など、ベンチャー企業台頭の必要性を説く企業経営者も散見された。しかし、現実にはまだまだベンチャー企業といってもその地位は低く、傍流、亜流とみなされていたのである。大手企業は、だから自社の分野でベンチャー企業が急成長してくると一気に潰しにかかる。そうして、消えていった企業も数多い。
実際に私がインタビューしたベンチャー企業の経営者の中でもある新興のコンピューターメーカーでは部品の多くを大企業に頼らざるを得ず、急成長したが、部品供給をストップされて、あっという間に業績が急落して消えていった。

このような状況ではあったが、それでもベンチャー企業には何よりも話の面白さという魅力があった。そして、このような取材を重ねるうちに、単に面白いだけでなく、こうした企業のパワーが日本の産業に必要な活力だと考えるようになったのである。

(2007・11・26)